2005年04月03日

エースが打たれないままチームが負けるって、どうよ?

 さる4月1日、プロ野球セ・リーグが開幕した。開幕戦は各チームエースをマウンドに送るわけで、巨人は上原である。
 その上原は立ちあがりの1回に1点を失うものの、その後は堂々たるピッチングで失点を許さなかった。巨人のエースにふさわしい好投である。(どこぞのエースとはえらい違いだ)
 一方、広島のエース黒田も2失点、まさに1点を争う好ゲームである。七回までは。

 ところが、七回で上原が降板する。そして九回に巨人は逆転され、そのまま黒田に完投勝利を許してしまう。なぜ上原を投げさせない。打ち込まれたわけでも怪我をしたわけでも、ましてや本人が代えてくれと頼んだわけでもないのに、だ。
 ファンが見に来たのはエースの上原(の好投)であり、毎年通り評判の悪い不安定なリリーフ陣ではないのだ
 何かおかしくないだろうか?

 もちろん、不安定だからこそ早く成功させて波に乗せたいという気持ちはわかる。しかし、開幕戦から、投球数が100球をこえたからどうだとか、人間を機械みたいに扱うなよ、と言いたい。
 監督の仕事は八割が投手の交代時期に尽きると言われる。そのくらい投手の交代時期は難しい。けれどファンがエースを見に来て、そのエースが好投してるときに代えるべきでないことくらいは素人でもわかる。ゲームの流れに水を差しているのだ。

 結果として逆転されてしまった。これを一手にリリーフ陣の責任にしてしまうことはどうかと思う。また、ファンの心情としても、同じ日に別の試合で九回にサヨナラ満塁ホームランを打たれて負けた横浜と比べてどうだろうか。エースの三浦が打たれたのなら仕方が無いとなるだろうが、エースは打たれないままチームが負けてしまっては、どうにも納得がいかないだろう。

 かくいう私は物心ついたときからの阪神ファンで、巨人なぞ負けた方が良いに決まってる。けれど、私は阪神、巨人の以前に野球ファンである。巨人なぞ負けた方が良いというのは、開幕戦で上原が打たれて負けるのを望んでいるのであって、日本での実績の全くない「新外国人」が打たれて負けることを望んでいるわけではないのだ。そんな中途半端な試合をされるくらいなら上原に完投勝利された方がどれだけマシか分からない。それは相手が阪神であっても同様である。

 そういった、(本当の)野球ファンの気持ちを汲まない巨人のやり方が、私は嫌いだ。何より上原がかわいそうじゃないか。
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