2005年04月05日

私の欠点はギョーザがきてからタレを作ることです

 先日、某大手チェーンの中華料理屋へ行って、ギョーザと天津飯を頼んだ。天津飯がきたのでそれを食べ始めた。半分以上食べ終わってもまだギョーザがこないので、来るまで待っていた。ごはんとおかずを同時に食べたい。
 しばらくして、ギョーザがきた。それからタレを作ろうとして、小皿を探すが、ない。少し離れたところから取ってくる。タレもない。取ってくる。ラー油は器に満タン入っている。
 別にこの店の文句が言いたいわけではない。たしかにメニューは置いてないし水の入ったポットはプラスチックのくせに水の出てくるところがぼろぼろに欠けてるし店は古いし汚いしレジには誰もいなくて人が並んでいる。けど、このへんはどこの店もこんなものだ。

 自分が言いたいのは、なぜ自分はギョーザがくるまでにタレを用意しておかないのか、ということである。

 こんなことなら些細なことだから別に構わない。しかし、学生生活を振り返って考えて、学生のころの自分は、ちょうどギョーザを頼んでおきながらタレも用意せずにギョーザまだかいなまだかいなと騒ぐガキのようなものだったと感じるのだ。
 大局観がなかったわけではない。ギョーザにチャーハンでは胃がもたれるのは必至だったから、あえて天津飯を選んだ。量も値段も見とおしがついている。無理に言葉にするなら、チャンスが来たとき最大にそれを活かせるように、普段から準備しておくという地道な努力を欠いていた。

 学生時代は、勉強時間(絶対量)が足りなかったというのも確かにそうだけど、自分と同じだけの時間を、もっと集中してやれば、それなりに残るものも有ったのではないかと思う。
 まぁでも法律やってる人は大なり小なり似たようなこと言ってはるから、それも自分だけではないけれど。
 でもねぇ、ギョーザがくるまえからタレつくるのは、なんか自分の性に合わない(笑)
 ギョーザ(細かいこと)にこだわるのも悪い癖だ。
posted by LG18 at 23:50| Comment(4) | TrackBack(2) | 日常・全般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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