2005年05月05日

TRAIN−TRAIN

 電車に乗っていて、最近「扉閉めます」と告げる車掌や駅員が多くなりました。ビールの泡が弾けるような不快感があるのですが。
 以前は「扉閉めてるのは車掌なんだから『扉閉めます』が正しいだろう」と思っていたのですが、いざそのように言われると圧迫感があります。そのくせ余計なイベント告知だけは丁寧に繰り返したりして。鉄道に限らず、どっちが客なんだか分からないようなサービスが増えてるように感じますが、客の立場に立ったサービスというものを考え直してほしいですね。

 ・・・帰りの電車の車掌の声が読○のアナウンサーに似ていてちょっとだけ機嫌を損ねた大人気ないLG18ですこんばんわ。
 今は巨人ファンからも嫌われるんじゃないですかね。そう考えると同情しないでもないけど。

 先日、たまたまMステ見ていたら浜崎あゆみが映っていて、歌う(?)姿を見ながら、川端康成の「処女作の崇り」(新潮文庫「掌の小説」に収録)をふと思い出しました。
 内容を正確に覚えていないんですが、たしか「処女作の通りのことが実現する(つまり処女作だけはハッピーエンドにしておかないと、祟られる)」というような内容だったと思います。
 「掌」に収録されてる小説は短いものばかりで(短編小説より短いため「掌編小説」と呼ばれる)、見開きで終わるようなものもあります。それでいて質は高い(玉石混交は否めないですが、石より玉の方が多いです)ので、本の苦手な方にもお薦めです。

 「いつだって泣くくらい簡単だけど、笑っていたい。」というのが彼女のデビューシングルの歌い出しです。もちろん彼女自身の作詞です。あとで知りましたが相当の苦労人のようで、素直な気持ちを綴ったものだ(背伸びしていない、という意味です)と私個人は解釈しています。
 この「いたい」というのが、いたかったのではないかと。こう思うわけであります。余計なお世話ですけどね。

 テレビ(生放送)で聞く彼女の声は、街中で流れているもの(録音されたもの)とはまるで別物です。はっきりいって痛々しいです。CDの音源の声はというと、テーピングでガチガチに固めてあります。海南戦のゴリみたいに。(「SLAM DUNK」13巻参照。1億冊以上売れているので書きましたが、分からない方、すみません。)

 「栄光に向かって走る あの列車に乗っていこう」(THE BLUE HEARTS 「TRAIN-TRAIN」の歌い出し)とは、A列車のことなんでしょうか。Aといえば、あゆのAとエイベックスのaが、私には重なって見えます。
 ブルーハーツのことを書こうと思ってタイトルつけたんですが。また次の機会に。
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