2005年05月12日

ウケないポジティブ・シンキング

 妹「お兄ちゃん、入れて」
 兄「いやだ」
 妹「入れてよ、おねがい」
 兄「だめだ」(妹をからかっている様子で)
 妹「おねがい、早く入れて。濡れちゃうよ」
 兄「・・・しょうがないなぁ、入れてやるよ」
 妹「ありがとう、お兄ちゃん」

 妹は無事兄の傘の中に入ることができたようです。
 朝から強い雨降りでしたが、仲の良さそうな兄妹のほのぼのとした光景を見せてもらったなにわのマット・デイモン、その心は雨(降らし)男のLG18です、こんにちは。

 昨日の書き込みは墓穴を掘ったな、と思った箇所があったのですが(どことは言わないし、修正もしていない)、「墓穴を掘る」というのは、自分から自分を追い込むようなことをする、という意味で用いられるのが一般です。
 しかし、考えてみるとおかしくないですか?

 別に自分の墓穴を自分で掘ったからといって、早死にするわけでもなし。相手と決闘していて、それも「先に相手を埋めた方が勝ち」みたいな子供じみた決闘でもないと、この慣用句は命題として成立しません。
 もちろん、感覚的にはわからないこともないです。すなわち、相手を倒すというときに自分の墓穴を掘る、というのは、既に(気概で)負けているも等しいと考えることはできます。「小次郎、敗れたり」という、アレですね。業界だったら「択一の試験前から適正試験の対策してる」みたいな。これでは択一に受かるはずもないという。

 慣用句にケチをつけても意味はないけれど、今の時代に決闘を前提に物事を考えることは少し無理があります。すなわち、「墓穴を掘る」ということは、自分の死に支度を自分でしているのだから、他人に迷惑をかけないで死ぬ、つまり「立つ鳥跡を濁さず」みたいなイメージをもつ方が当世風だと思うわけです。
 もっと言えば、「死ぬ覚悟ができている」という意味にも取れるのではないか、その場合、決闘を前提としても矛盾しない、と。
 應徳は出てきませんが
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posted by LG18 at 16:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 思うこと・主張 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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