2005年05月14日

携帯電話の普及が現代社会に与える影響について

一 携帯電話の普及が現代社会に与える影響について、まず現代社会の構成員たる個人について考える。
 1 携帯電話は非常に便利なものとして広く受け入れられたことは、わずか数年のうちに急速に普及した事実に裏付けられている。すなわち、@緊急時にも連絡が容易にとれること A随時連絡がとれることにより、企業間の取引のような刻々と変化する状況に応じて迅速かつ柔軟な判断を要する場面においても対応できること また、B家族間においても急用や予定の変更が生じた際にも便利であること、等が挙げられる。
 2 反面、所構わず使用することにより、周囲の人が迷惑になる、というマナーの悪化による現代社会への悪影響は指摘されて久しい。特に電車等の公共機関において携帯電話を使用することは、心臓ペースメーカー等の医療機器の誤作動を引き起こすおそれがあり、人命に関わることなので、使用禁止は厳守されるべきである。しかし、私の知る限り、マナーが守られているとは言いがたい。
二 携帯電話の普及は、マナーを通じて個人と現代社会に密接な関連を有していると言える。そこで、依然としてマナーが守られないのはなぜなのか、それが現代社会にどのような影響を及ぼしているのかについて以下検討する。
 1 電話とは、離れた場所にいる相手と一対一で話すのが最も一般的である。つまり、電話をするという行為は、きわめて個人的な行為であるといえる。それはどういうことか。例えば、マナーを度外視して、友人と二人で電車に乗っている最中、かかってきた電話に出たとする。そのときその人は、電車内という社会とも、また友人と共にいる、という社会的関係をも、一時的にではあれ断絶しているということである。
 2 このような断絶は日常茶飯事に起こりうる。そもそも携帯電話自体が社会的な空間で使用されることを前提としていることからも当然のことである。そして、携帯電話によって個人は頻繁に社会との関係を断絶し、電話の相手との私的な社会関係を新たに構築していると考えられる。また、携帯電話の普及によってこのような状況が常態化し、その個人の集合で成り立っている社会での個人と個人の関係とは、携帯電話の普及する以前の「過度に干渉しない」という消極的な、いわば善意の希薄性から、「他人がいようといまいと関係ない」という、積極的な希薄性へと変化していることが言えるのではないか。
 そしてこのことが、携帯電話の普及が現代社会に与えた最も大きな影響であると、私は考える。
三 このような、個人が強調されすぎともいえる社会にあっては、マナーは守らなければならない、という前提から崩れかかっているのではないだろうか。一向にマナーが守られないというが、そもそも携帯電話の持つ性質そのものがマナーと相反する側面を有する事実は否定できないだろう。
続きを読む
posted by LG18 at 18:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 思うこと・主張 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。