2005年06月03日

技術本位(上)

 証明写真を撮るならやはり機械より写真屋さんが良いだろう。そう考えて電車を乗り継ぐだけの駅に降り立ち、交番で尋ねて商店街の外れの写真屋へ立ち寄った。スーツ姿で時間の猶予があることなど、今の私にはそうそうないことなのだ。

 外から覗くと店内は真っ暗で、店の真中には自転車が止められている。そのすぐ右には服屋のバーゲンセールによく使われるワゴンが場をとり、アルバムや写真立てが「特価」と朱書きされて並べられている。店は閉まっているなと思いつつも一応扉を押してみると、あっけなく開いた。間抜けた電子音が間髪入れずに鳴りひびく。単音で「エリーゼのために」をなぞっている。私は扉が開いた勢いで中へと進んだ。

 「いらっしゃいませ」

 声のした方へ目をやると、左側にあるカウンターのやや奥の方に老人が一人佇んでいた。それはもう佇んでいたとしか書けないような佇まいであった。人がいるとは思わなかったので、驚いた。
 私が口を開くまで少し間があった。

 「あの、証明写真をお願いしたいんですけれども、こちらでは」
 「ええ、できますよ。どうぞ、おかけ下さい」
 「あ、ああ。失礼します」

 私は入り口際に置かれていた丸椅子に腰掛けた。
 「どうぞ、タバコでも吸ってお待ちになってください」
 見ると、すぐ傍に、カウンターに寄りそうように灰皿が立っている。
 「どうぞ。遠慮なく。吸わないですか」取調べでも受けているような気分だ。
 「ええ、あの、吸わないんで」思わずすみませんと言いかけた。
 「そうですか。ちょっとお待ち下さいね」そういうと老人は奥へ下がった。

 薄暗い店内にはいろんなものが置かれていた。色褪せた和服姿の田中麗奈、腰を曲げてショートパンツの眩しい笑顔は鈴木保奈美だろうか。状態が良ければネットオークションで高く売れるのかも知れないが、そのまま学芸会のお化け屋敷に使えそうな、青白い顔をしている。
 自転車とワゴンとアイドルの古びた大きな張りぼてとで、さして広くもない店内はカウンターの前の人一人通れる分しか空いていない。見上げると、棚には「○○分後に仕上がります」の札のかかった時計と「技術本位」と書かれた看板がある。ありきたりの看板に、妙に納得してしまった。

 「用意ができましたので、どうぞ」奥から声がした。

                                 (つづく)
posted by LG18 at 23:53| Comment(2) | TrackBack(0) | 日常・全般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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