2005年06月04日

技術本位(下)

 「そこ狭いんで気つけてくださいね」
 物置小屋の奥へと入りこむように身を屈めて進むと、6畳ほど視界が開けた。夜逃げ直後の事務所のような、あらかた何も無い散らかり具合だった。壁も天井も煤けている。
 言われるまま、顔が映りきらないような極端に幅の狭い鏡で身支度を整え、椅子に腰掛ける。老人は三脚を構えて神経質にカメラをのぞく。しかしそれは一眼レフでないどころか、いわゆるバカチョンカメラであった。私はいつもあごを引くのを忘れて、間抜けた顔に写るのだ。そう思い出して、念入りにあごを引いた。

 老人は真剣にレンズをのぞき、カメラの位置を前後上下に忙しく微調整しつづけている。緑のベストを羽織っているが、いかにもフジカラーフィルムの支給品という色をしている。私は滑稽に思った。自分はなぜ、知らない町の商店街の外れの写真屋の奥の間の、こんな埃っぽいところですまし顔で鎮座ましましているのだろう。

 「はい、撮りますよ」
 フラッシュが光るまでは間があったが、私にとっては唐突だった。
 その一ショットきりだった。

 焼き増した方が割安なので、8枚焼いてもらった。老人はカウンターごしに写真を切る専用のものであろう見慣れない道具で、今出来たばかりの写真を一枚ずつ履歴書サイズに切っていた。ナイフが写真を切る音が狭い店内に延々響く。この道具もフジカラーの支給品かと、私は暗い店内に佇んでいた。ちょうど私が店に入ったとき、店主がそうしていたように。

 「確認してください」
 私は絶句した。あごをひきすぎて、顔も右に傾いている。どうにもガンを飛ばしているようにしか見えない。
 「枚数を」
 「あ、はい」
 料金を支払って、私は店をあとにした。何事もなかったように、雨は降り続いている。
 受験票に貼る分には使えるだろう。

***

 改めて写真を見ると、私が切るよりも斜めにいがんでました。ネガも無いし(要らんけど)。おそるべし技術本位の店。
posted by LG18 at 22:11| Comment(3) | TrackBack(0) | 日常・全般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。