2005年08月31日

8月31日

 今日久しぶりにトリビアの泉というテレビ番組を見ました。この番組まだ続いてたんですね。それのトリビアの種というコーナーで、「男性がある女性に初めてメールを送るときに、自分を振り向かせる効果的な文章は何か」という(アホくさい)依頼に対して、プロのコピーライターを数人集めて作らせて、できた文章が「電話してもいいですか。」というものでした。

 確かにこの一文には(不特定の女性を振り向かせるだけの)力があると思います。「末尾は『?』ではなく『。』で」という作者からのコメントも間違いない。しかし、私がこれを見て直後に思ったことは、で(成功したとして)電話で何を話すの? ということでした。依頼人も、本当に知りたいのはそこだと思うのです。つまりこれはある意味逃げです。
 こういうのを(議論の場では)「論点のすり替え」というんですが、要するに厳密にはこれでは振り向かせたことにはならないと思います。まぁ始めから限界のある依頼であることは確かですが。よくも悪くも、いかにもコピーライターが考えた文章らしいなあと感じました。
 因みにVTRの途中で「犬好きです」という候補が挙がってましたが、個人的にはこっちの方が好きです。これなら論点のすり替えにもならないですね。

 …ああでもすり替えにはならないか? だけどそうだと言うなら「電話してもいいですか。」くらい誰でも言えますよね。えっとこれは……別のテーマになってしまうので、後日ここへリンク貼って続きを書くことを約束します。「どうでもいいよ」とか言わないでくださいねっ(^_-)
 トリビアごときに随分てこずりましたが、今日書きたいのは8月31日についてです。
 私は中1のこの日の夜遅くに数学の宿題をさっぱり忘れていたことに気付き、それも嫌いだから避けていてそれを忘れていたので、気付いたあとも結局やり遂げないままやりすごして以来、夏休みの宿題をすべて終えることはありませんでした。いつも大体数学だけやりませんでした。読書感想文なら読むのが面倒だからとありもしない本をでっちあげて適当に書いたら学校通信みたいな紙に一部抜粋されて(本が実在しないことが)バレやしないかとヒヤヒヤしたこともありましたが。

 それ以来、私は他人ができることをできない人間だと劣等感を感じたり、やろうやろうと思っても嫌なことはどうしてもできない自分の性格を恨めしく思ったりしたまま見た目だけは大人になってしまいました。
 別にどうということもないですけどね。
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2005年08月30日

第44回衆議院選挙はきょう公示

 衆議院選挙の公示についてお伝えする時間ですが、予定を変更してヒョードル×ミルコ戦をお伝えしたいと思います。
 いやぁ、すごかったっすよ。大抵負けた方は弱く見えてしまうもんなんですが。ミルコは十分強かった。ヒョードルは更に強いということだ。脱帽。

 あの耳障りなだけの実況さえなければもっと良いんですけどねぇ。わが国の首相もそうですが、同じことをひたすら繰り返し絶叫すればその場にあるものが自分の手柄にできるんでしょうかね? 試しに今からやってみましょうか。

 「天つゆのない天丼なんて」!(略して「つゆどん」!)「天つゆのない天丼なんて」!(略して「つゆどん」!)「天つゆのない天丼なんて」!(略して「つゆどん」!)「天つゆのない天丼なんて」!(略して「つゆどん」!)「天つゆのない天丼なんて」!(略して「つゆてん」ではない)「天つゆのない天丼なんて」!(略して「つゆどん」!)「天つゆのない天丼なんて」!(略して「つゆどん」!)「天つゆのない天丼なんて」!(略して「つゆどん」!)「天つゆのない天丼なんて」!(略して「――
 もういいでしょ? 普通はそう思いますよね。

 さてこれでまた少しは浸透したでしょうか(笑)これまでにも結構しつこく書いてるつもりなんですが、「タイトルが長すぎて不便だ」との声がなかなか弱まらないですね。(リンクは自サイト内で「つゆどん」をワード検索したものです)

 今日は衆議院選挙の公示日ということで、今回の選挙の意義を法的な観点から(おおっ!)考えてみたいと思います。
 まず(というかこれしか書かないと思うけど)野党が既に主張しているように、郵政法案が否決されたのは参議院であるのに、衆議院を解散するのは筋違いだという点について。
 筋違いだと言えば確かにそうですが、政治が筋だけで動くものかといわれればそれも違うと思います。ここは異論もあろうかと思いますが私は野党の議員ではないのでそこに固執することに価値はありません。
 ともかく、参院否定に対して衆院を解散したことについて筋が通るのは、憲法59条2項が適用される場合です。つまり今回法案が通らなかったのは、参院の否決に対して衆院で出席議員の3分の2以上の多数で再び可決できなかったせいである、だから衆議院を解散すると、こう言えば今回の解散は筋が通るといえます。ただ実際問題として選挙で3分の2以上議席を取らなければ退陣、というのは無理があるので、うやむやのうちにやっちまったということです。
 これは何を意味するかと言えば、仮に次の選挙で自民党が(公明党とあわせて)衆議院で過半数の議席を勝ち取ったとしても、また参議院で否決されれば同じことの繰り返しになるということです。
 それはもちろん、(自民党が)勝った場合は民主党のカシラを飛ばすことができる状況にもちこんだこと、「国民の支持を得た」などとぬけぬけと言えること等有形無形の圧力を勘案すれば、次また参院で否決されるかは分からなくなりますが、私が参議院の議員であれば衆議院の選挙の前後で自己の考えが180度転換するのは「筋違いだ」として、前に反対票を投じたのであれば同様に反対すると思いますね。それがそうはならないと考えたから、小泉首相は衆院過半数を「勝ち」と位置付けたのでしょう。

 これはかなりむちゃくちゃです。たぶん私のブログよりもっとひどいぐらいです。どちらにしても郵政の話以外何もできないような首相に国の政治を任せることはできないので、私は郵政賛否にかかわらず自民党に票を入れることはありません。
 今日はこんなところです。
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2005年08月29日

「追憶の一週間」のトリ

 これまで書いたこと、これから書こうとすることは、ともすれば誤解を招くことになると思います。先に弁明しておくと、たとえば宮崎駿監督の映画のほとんどは少女が主人公ですが、これを根拠にその人個人を少女偏愛者とイメージするのは誤りです。もし仮にそうだとすると西村京太郎氏(はじめ推理作家諸氏)は殺人鬼(に憧れる人)とすることになるが、そんなわけはありません。当たり前じゃないかと言われそうですが、お笑い芸人は普段から(仕事中と同じように)明るいとか軽いとかいうイメージを多少なりとも持っている方はよくよく注意です。何が言いたいかというと、「んなこと分かってるよ」という人ほど注意が必要だということです。これはもちろん私のたわ言に限ったことではありません。
 要するに、仮に私が毎日ここで恋愛のことしか書かなかったとしても、毎日そのことばかりを考えてるというわけではないのはもちろん、御旗を掲げて声高に叫んでいると思われているかもしれない「恋愛論」と、私個人の実際の恋愛(観)は必ずしも一致しないということでもあります。

 何をしていたかというと、前にも少しだけ書いたかすかな別れを漂わすこともなくメール一通で絶縁を告げてきた女が探しているという俳句をWEBで探したけど見つからん! 通りすがりと称して未練とも嫌がらせとも偽善ともつかない情報提供作戦が失敗に終わり、行き所のない憤りがどうにも処理しきれんのであります。ここ半年以上その女のことはきれいさっぱり忘れていたのですが、昨日だか一昨日だかに倉ヨエなんか聞いたからおかしくなってしまったのだ。たぶんそれも半年以上振りかと。

 以前名言で挙げた次点の歌詞「ああ 化粧箱に映った女には ああ 清く正しい過去はない」の解釈ですが、言葉通りの意味に加えて「清く正しく美しく」という某歌劇団の標語を元にしてるのは明らかであり、(清く正しい過去はないけど)美しい過去ならあるということです。さらに一歩踏みこんで、美しい過去が鏡に映るということは、美しいのは過去ばかりだということを暗示しているわけです。これを先の言葉通りの意味と重ねると・・・。

 これ以上書くとつまらないので。

 ちなみに
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2005年08月28日

ユンケルを買いに戻る

 高校のときの世界史の先生があるときふと「国が滅亡するというのはどういうことなんでしょうね?」と呟いて、続けて「そのときそこにいれば分かったんでしょうかね」と呟いたきり次の話に移ったことをときおり思い出します。1コマの授業で大小にかかわらず10以上の国家が滅亡することもありました。私の知人にも韓国人の3世がいて、そいつはハングルも全く読めないし言葉も日本語しか喋れないけど、頬傷(左頬の十字傷)について尋ねるようでお前は何人なんだと正面きって聞けないまま途切れたのがいました。曖昧大好き日本人ぶるLG18ですこんばんわ。あと日和見なところも。

 最近大阪近鉄バッファローズという球団がなくなりましたが、私の触覚の届く範囲内では最も「滅亡」に近いのはあれだろうなと思いあたりました。若造のたわ言ですが、属していた組織が消滅し、かつこれまで仲間だった者同士が争いあうこと。これが滅亡の私なりの定義です。

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2005年08月27日

笑い話から笑えない話へ

 小さい頃に読んだ「わらいばなし」という本に、こんな話がありました。

 「金を拾うことはうれしいことだぞ」と教えられた男が、自分の金をそのへんに落として拾ってみるけどもうれしくもなんともない。何度繰りかえしても、やはり全然面白くない。繰り返しているうちに、自分の投げた金が転がって沼に落ちた。男は落ちたあたりを懸命に探すが、金はみつからない。その後も必死になって探しつづけて、ついに金を見つけた。そこで男が一言。
 「なるほど、金を拾うことはうれしいことだ」

 この話は当時小学一年くらいだった自分にかなりのインパクトを与えたのを覚えています。大笑いするわけではないし言葉で説明することもできないけど、おもしろかった。自分で転がさなくても貴重品を落としつづけ、かつ見つけられない笑い者LG18ですこんばんわ。

 今思い返してみると、この話は笑い話であり、かつ寓話でもあります。この男がバカだと思った方は……

 何の気なしに調べてみたら、なんと今でも売っているようです。こちら
 驚いたことに表紙が全く変わっていません。売れているのかいないのか。

 話は変わりますが
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2005年08月26日

楽そのものが苦?

 昨日の記事の疑問点について一晩考えたあと翌朝はっと閃いた回答は、「面白くないから」です。面白くないから面白くないのだ、では理由になりませんが、・・・あれ、何だったっけなぁ? ちゃんと言葉で説明を思いついたんですけどね。
 とにかく結論は「面白くないから」です。言葉で説明できなくても伝わる人には伝わったとして。(むちゃくちゃだ)

 友人の女の子の愚痴の聞き役を務めて参りました。その子にも言ったんですが、こういうのは金出してでもやりたいもんです。内容は私もかつての知り合いでもある彼氏の愚痴という、これ以上ないくらいありきたりなもので、これがまたいい。

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2005年08月24日

スポーツにみる曖昧な倫理観と受験の不思議(仮題)

 およそスポーツと呼ばれているものは、全て勝負事です。それもサッカーのW杯やオリンピックといった大きな舞台においては、個人レベルではなく国の威信もかかっている側面があり、規模も小さくはない。
 他人が真剣に闘っているのが面白いというのは、考え方によっては不謹慎といえなくもないです。

 その昔はコロシアムで殺し合いをしているのを見るのが娯楽であった地域もあったようです。現代ではそれは受け入れられない(許されない)でしょうが、他人同士が闘っているシーンが娯楽であるという点においては現代と何ら変わりがないわけです。

 結論として、人死にが出さえしなければいい、ということのようです。それは倫理観が一枚噛んでいる法律によるものといえそうですが、それもかつては受け入れられていたことを考えると、確固たるものとは考え難いです。それどころか、格闘技などでは数少ないとはいえ死者が出ることもあるにもかかわらず、人々の関心は薄らぐどころか、どころかですよね。

 当事者として命を奪い合う闘いの場にいることが楽しいかどうかは、もはや推測もできない生き方をしてきました。しかし(命云々は置いといて)闘いが楽しいという本質は揺らぎそうにありません。
 さてそこで、その本質に従って闘いを楽しむ姿を自然とするのか、殺し合いを楽しむなんて野蛮極まりない、たとえそれが本質的に娯楽であったとしても、それを理性で抑える(ことができる/そうすべきである)のが人間の人間たるゆえんなのだ、とするのかは、一重に価値観次第だとしか言いようがないと思います。
 ただ、寒いと感じる人と暑いと感じる人が同じ部屋に居合わせた場合に、大抵は寒い人の希望が空調に反映されるのと同じ理由で、確固たるものであろうかなかろうが、人死には出してはいけないということになっているようです。
 別にそういうことなのだろうと言っているだけで、それに対して評価(それが良いとか悪いとか)を下しているわけではありません。私個人の意見として、人が斬り合うのを観ても楽しいとは思えそうにありませんが、所詮私の生まれた環境によるもの(つまり現代の日本に生まれ育ったということ)によるものだと思います。さらに言うならば、そういう流れも含めて「これでいいのだ」と思いますが、それもまた(以下略)

 最後に疑問点として、本質的に闘いや勝負事は娯楽であるとの命題に対して、なぜ受験はプレイヤーも観客(そんなものはいないけども、それはただ面白くないからだ)も面白くないんでしょうか。ギャンブルのように観るには向かない勝負事もあるとは思いますが、誰もが楽しめない勝負事というのは? 倫理的だからですかね?? コメント待ってます。

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2005年08月23日

枕詞(2)(続く言葉は「感動」です)

 1.全国夏の高校野球は暴力事件に始まり暴力事件に終わりました。

 2.百歩譲ってあなたたちの言う愛が愛だとして、一年のうちわずか24時間の愛で地球が救えるのなら私は地球から飛び降りさせていただきます。ロケットでも何でも使って。
 一生かけても一人の人間も救うことはできないと思い始めたおいさき短いLG18ですこんばんわ。つい5・6年前までは私と言葉を交わした女の人は全員救えると信じていたのですが…いやぁ実にお恥ずかしい。

 3.会ったこともないおばあちゃんにあなたは火星人だとか言われて怒りもしないどころか、その人の書いた本をいそいそと買ったりして。
 私は地球人のはずです。少なくともあんたなんかに宇宙人呼ばわりされる筋合いはありません。

***

 そうそう。昨日は失礼いたしました。「楢山節考」/深沢七郎が出てこなかったみたいです。鴎外の方は何を想定して書いているのか分かりません。「じいさんばあさん」は「舞姫」の誤りであると思われます。
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2005年08月22日

たまにはソーメンのごとく

 チューハイの元祖、タカラ缶チューハイはペットボトルに詰められたものも売られていますが、名前は缶チューハイ(CAN CHU HI)です。缶じゃねーじゃん。
 (酒に)一番強かったのは大学のクラブの新歓のとき、つまり生まれて始めて酒を呑んだときです。そのときはたしか生中3杯飲んでも大丈夫だったけど、飲むごとに確実に弱くなって、今や缶チューハイ1本飲んだらまっすぐ歩けません。てかウォッカで割ってる(のが主流であり、今私が飲んだものもそうだ)から酎ハイじゃないし。何もなくとも笑ってしまう「笑い下戸」のLG18ですこんばんわ。はっはっはっ。

 さてかなり前後不覚であんまりブログを書くには適していませんが、勢い(だけ)で小説の趣味とか公表してみようと思います。願わくは明日の素面のわたくしに削除されんことを。

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2005年08月21日

登山口で乱闘騒ぎ(1) 〜幸せ・・・なのか?〜

 女ハ濡レ易ク愛成リ難シ。
 作られる思い出ならば金平糖噛んで砕けて「恨みーまーすー」
 電撃入籍、スピード出産。「短い人生そんなに急いで…」老人のたわ言

***

 兄の婚約の儀は来月初旬にしめやかに営まれる予定です。
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2005年08月18日

才能のいさ

 突然ですが、才能という言葉は嫌いです。

 別に根性論を展開するつもりもないし、世に才能という言葉で表されているもの全てを否定するつもりもないです。ただ、私は素質や資質という言葉で表される以上のものが才能という言葉で表されることが嫌いです。大体ネガティブなイメージなんですよね。「あいつは才能があるから(いいよな)」「やっぱり才能のある人は(自分たちとは違う)」そのような卑屈な愚痴は耳に入るだけで嫌な気分になります。到底付き合ってられない。
 あきらめること自体は悪いこととは言いきれないと思います。ただあきらめるならあきらめるで、きっぱりさっぱり潔くあきらめるべきだと思います。
 それともう一つ、それ(才能という言葉を出すこと)で全てが終わってしまうことも気にくわないです。

 ただ嫌いだということを言うだけでは建設的ではないので、世に言われる才能という言葉で表されるものに最も近いと考える「運」という言葉で代用することを提言します。
 「あいつは運が良かっただけだ」と言えばやはり愚痴になりますが、「才能が…」という愚痴とは一線を画している気がします。運も実力のうち、といわれるように、ポジティブなイメージがあって、誰にでも訪れうるという感覚があります。ただし、およそ才能というのは結局運だ、というようなことを言っているわけではないのでその点は誤解なきようお願いします。

 自分に才能があるのかないのかとか、他人を見て才能が活かしきれていないとか、あるいは逆に他人を才能に恵まれているとやっかむとか、物のように(有無や所在が明確なものとして)捉えられていることには抵抗を感じます。もっと曖昧なもののように思います。
 まぁそれは才能に限った話ではないですけども。

はい、名言!
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2005年08月16日

「壇」は死なず、ただ居座るのみ(邪魔だ)

 ○島易断の暦が先日発売されたのですが、表紙に「著作権所有」て書いてあります。小さい字で。これは返り討ちを食らう(私自身が無知を晒す)結果になるかもしれないのですが、権利を所有するってどういう意味なんですかね? たとえば「甲土地所有権を所有している」とかって、何を所有してんの? って感じです。
 権利は帰属するものです。少なくとも私は試験ではそのように書きます。スランプがブランクになりつつある受験生LG18ですこんばんわ。厄災に水をさされた形になりましたが、傷も大方癒えたことですし、再び勉強を再開することを宣言します。

 さて、ここ最近はもったいないことにこのへたれブログにプロの歌人の方が複数訪れてくださっているようなので、せっかくなので歌のことを書いてみようと思います。

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2005年08月15日

「日本一」はその後どうなったか?

 私 「あれ、今日は仕事休みじゃないんですか?」
 店員「いや、今日俺出勤」
 私 「ずっと休みないですよね?」
 店員「うん、7連勤かな」
 私 「うわ、ひどいですね」
 店員「いや。俺はまだマシな方。13連勤とかある人いるから」
 私 「13日もですか!」
 店員「『本屋の連勤術師』」
 私 「焔のバイトですねー。手袋はめてダンボール運びまくるんですよね」
 ムードはなごやかです。(この人は数少ない話せる店員です)

 お前もしかしてそのマニアックなネタを披露するためだけに書いたんじゃないだろうなという鋭いツッコミは勘弁です。LG18ですお手柔らかに。

 「日本一森本平をプッシュしてる」とか言って、何もしてないんじゃないのかと思われている方がおられるかもしれませんが、そんなことはありませんよ。「森本平を知ってるか?」「知らん」「イケてないなぁ! 駄目だ駄目だよそんなことでは」と、このように友人に触れ回っております。我ながら涙ぐましいほどに地道な活動ですがね。

 さて、上の記事を書いてから4ヶ月が経ちました。今読み返すと、森本平が歌人だということすらどこにも書いてなかったりする自己本位きわまりないブログですが、言うまでもなく(?)本ブログは公的な価値を一切持たない、要するにわたくしLG18がその日の思いつきを記事にしているだけのブログなので、「こんなブログが一番のガイドでは、森本平とやらもたかが知れている」などと誤解しないようにだけ、お願いします。そんな人いないとは思いますが。

 それどころか…
 今だから書けますが(書いて良いのか?)、4月5日の時点で、氏の作品はギョーザの歌以外に数首しか知らなかったんですよね。まぁ直接書くわけじゃないしまさか誰も気付くわけもないし…と高を括っていたところ、わずか10日で看過されました。ネットの威力を思い知りました。コメントを下さった方には読んで下さって感謝しています。
 その後もなあなあで不勉強だったのですが、このたびこのブログを読んで私がろくに作品を読んでいないことを看過した(そりゃそうだ)森本平さんご本人から最新の歌集を頂くことになりまして、それが届きました。同人誌と機関誌、さらには直筆の手紙が添えられていまして、森本平ファンにはたまらない(!)包装パックごと家宝ものであります。今回はこの5点セットを特別価格でご提供・・・なんて罰当たりなネタは思いついても書くもんじゃないですね。自粛。

 まだ届いて間も無いので目を通す程度しか読んでいませんが、まずは目に辣油をさしたらどれくらい痛いのか検証しないとこれからゆっくり読ませて頂いて、いつかきっちりお礼をさせていただかないと。

 とりあえず、森本平は面白いですよ!(どんだけ能の無い宣伝やねん) 一家団欒殺し合いの際には是非一冊!

 次の歌集に反映されるようなブログを書いていきたいものです。

おことわり

2005年08月13日

芥川賞の読者層

 プラスチック消しゴムがプラスチックでできていることが未だに実感できないでいるLG27(1.5倍)ですこんばんわ。

 バイト先の口うるさい社員は、開店するまで自分の趣味の音楽を店内放送しています。斉藤和義、DEEN、スピッツ。趣味と年齢が同時に悟れるラインアップです。今朝は左右MANブラザーズバンドの「あの娘の尿道」をエンドレスにされて朝一番から精神的痛手を負いました。いかに私が変質者であっても尿道がいつもすぐ心に溶けこむということはあり得ません。

 仕事が終わったあと、文芸春秋をレジへ持っていくと、尿道フェチ(言い過ぎ)も同じものを持っているではありませんか。「同じ本買うんやな」と、やや驚いた様子でしたがこっちも全く同じ風に感じました。

 「おまえが読むのか?」

 しかし私のような人間しか芥川賞を読もうとしないとすれば、賞はとうになくなっていますね。考えてみれば当たり前のことです。
 そんなことだから未だにプラスチック消しゴムがプラスチックでできていることが実感できないんだ、全く。

2005年08月11日

れんあい山のふもと

 立て続けに携帯を落としたり壊したりする私に友人が「お前は彼女ができても信用されないんじゃないか」と言いました。
 私「なんで? こんなにも頻繁に物を落とすような人間は(分別ある大人として)信用できないってこと?(それなら分かる)」
 友「そうじゃなくて、浮気してると思われるんじゃないかってこと」
 私「うわ。そんなウザい人間いらんわー」

 軽く受け流しましたが内心はかなり驚きました。他人はそんな風に物事を解釈するものかと。私は浮気するとすれば「これからちょっと浮気してくるわ」って言いますけどねぇ。いざそうなったら言えない? さぁそれはわかりませんが、とりあえず自分がしたいことをする為にそんな回りくどい嘘を吐くのは面倒です。大体結婚もしないうちから浮気という概念があること自体が理解できないです。泣いてる人には悪いけど、あなた自身の責任だと私は思います。

 もう1回! 

「俺は88センチDカップでないとダメだから」なんて誇らしげに『語る』男を見かけます。私に言わせれば、だったら88センチちょうどでDカップのマネキンを抱いて寝れば良いんじゃないかと思いますね。ブラウン管の向こうのアイドルについて熱く語るのもほどほどに。自分が何か勘違いしていることに気付いてください。
 私はまず人間でないとダメです。次に上に挙げたような人間はダメです。河豚のLG18ですこんばんわ。

 男と女ではない、人間と人間。あなたとわたし。それがわからないうちは単なる自分の押し付け合い。
 ・・・だと、思います(笑)逆もまた然り(いろんな意味で)。
 さて、このブログでは避けて通れない山にぼちぼちかかりつつあります。分かりやすく言えば『恋愛』について、ですが、私のなかでは世間に言われる恋愛より広い概念でこの山を捉えています。人間関係は信頼関係であって、恋愛もその一部でしかない、というのが私の哲学です。これは世にも広く言われていることですが、それを実践のレベルでも反映しているケースは少ないように思われます。・・・ということは、「恋愛に成功するヒケツ」なんてタイトルで本を書けば儲かるのかも知れないですが。まずは己が成功しろよ、ってね

 冒頭部分を読んで既に反感を抱いてしまった方には聞き入れてもらえないかもしれないですが、落ちついて考えて、「自分の彼氏(彼女)は自分以外の異性を好きになってはいけない」「自分は88センチDカップの女でなければ女と認めない」というのは、単に自分の願望を他人に押し付けているだけです。そんな器の小さいことで他人から慕われる人間には到底なれないですよね。自分の願望を相手に望むのは鏡を見てからでも遅くはない。
 ・・・と、思います(笑)
posted by LG18 at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 愛の話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月08日

読書感想文「シガテラ」

 「金色のガッシュ!!」と「金色のガッシュベル!!」はやっぱり別物だったぞ。原作は同じだが作画者が違う。本屋の店員の言うことを信用しろよ友人。ちなみに今公開中の映画のタイトルは「ガッシュベル!!」ですが、絵を見る限りでは「ガッシュ!!」(よく知られている方)のようでした。よぅわからん。
 どうでも良いよと言わないで。平身低頭LG18です。実際ホントどうでも良いけど

 友人の強い薦めで「シガテラ」を読みました。最終巻は一昨日(だったと思う)出たばかりなのでネタバレNGの方は途中スルーして、最後の段落だけ読んでください。今日書きたいのは実はそれだけです。

 実はこの作者の漫画を読むのは今日が始めてでした。友人にも指摘された通りたぶん「稲中」世代でした。でも私は卓球部だったので、(読んでないからわからないけど)当時世間に敷衍していた卓球の陰気なイメージ(無論それは歪んでいる)によりかかったギャグ漫画なんてさらさらごめんだとことさらに拒否していました。今でも中学時代は卓球部だったと言うと、人によっては「稲中やろ(?←「?」をつけるべきなのか私には判断できない)」などと言いますが、「んなわけないやろ」と言いながらどういう意味か分かってません(判断不能)。読むのはまだしばらく先のことになりそうです。

 んで、「シガテラ」。最初絵を見たとき、「幕張」に似てるなと思ったんですが、多分こっちが元祖でしょうね。画面の作り方は思ったより上手かったですが、絵そのもの(特に女は、腰が妙だったり顔と体のバランスが悪かったり、なにより男に比べて圧倒的に描き分けができてない)はギャグ漫画作家の域を越えないですね。
 しかし、作品はシリアスです。随所に散りばめられているギャグも、創作レベルでストーリーの一部を構成していて、創作に取り組むスタイルが手塚治に近いと感じました。何よりこれがデビュー作だといわれても何の違和感も感じない程の青さが熱を感じさせます。以前も書きましたが、このような創作のための創作者は創作者としてリスペクトします。

 私は内容には価値を持たない人間なのでコメントは控えます。描き方として、主人公はじめ作中の男のような思考回路は基本的に理解できないです。一例を挙げておくと、こんな感じです。「童貞」などそもそも存在しない(自分の利き手でとっくに喪失してるだろが)という意味です。でも高校男子は一般に多かれ少なかれ思い当たるフシがあるのでしょうから、やはり私は筋金入りの変人なのでしょう。それはさておき、この妙なリアル感は評価できます。高校生にこれほどのリアル感を持たせるというのは、作者は(偏執気味の)変人なのではないかということを個人の感想として述べておきます。
 ラストは素人並みに下手なように思いました。とりあえず終われば良い(あとは自分で面白いように再構築すれば良い)ので基本的には価値はおかないです。ただ、女が南雲でないことには妥協を感じました。

 キャラクターについて、男では唯一谷脇が好きです。こいつとなら友人になれそうです。今ならね(笑)女は全体的に妙なリアル感が評価できますが、絵自体のそれと併せて考えて、あまり触れていないと思われます。この点については友人も同意見でした。

 この漫画を含めて最近の漫画は良くも悪くも漫画でない漫画が多いです。今回の作品は漫画と小説とのハーフぐらいでしょうか。最近では「バガボンド」を読みましたが、こちらはほぼ小説ですね。「ブラックジャックによろしく」などに至ってはもはやエンターテインメントすら放棄しているようにも思われます。それはそれでどうかとも思うんですが。
 とりあえず言えることは、近年、文章で書かれている小説は漫画形式の作品より二歩三歩遅れをとっています。(ごく一部の作品を除いて)どだい面白くない。漫画家の方が小説家よりも求められる要素が数倍も多いのだから、単に小説家の方が能力が劣っているだけだと思います。友人は才能のある奴からそっちへ行くんじゃないかといってました。
 余計なこともたくさん、長々と書きましたが、熱が伝染ったという感覚です。私はプロのエンターテイナーではないうえに即興なので――言い訳はいかん。もっと面白い記事を書かないと。

2005年08月05日

経過を見ましょう

 ビニール袋にくるまれた利き腕で頭を洗いながら風呂場で一首詠みましたが、忘れてしまいましたワスレンボーのLG18ですこんばんわ。

 一昨日、後輪の虫ゴムの交換へ自転車屋に行ったところ
 店員「これはタイヤを換えないけませんね」
 私 「え。(いーかげんなことぬかして金まきあげようとしやがって)」
 店員「これはどうしようもないですね。ほら、見てくださいよ」
 私 「え」

 タイヤが完全にすり切れて、黒いタイヤが白くなってました。破れている。中身出てる。

 私 「いくらですか」
 店員「¥3,150です」
 私 「(財布の中身に思いを馳せて)……じゃあ、お願いします」
 実に手際よく、ものの数分で終わりました。ちなみに前輪は少し前に自動車と事故してくの字に曲げて交換しました。

 その(まあ若干前輪がゆがみ気味の)チャリで淀川を越えて前のバイトの友人たちと久しぶりに酒を酌み交したことは書いたのですが、その帰りは遅くなる(のと鍵がない)ので駅前にチャリを止めて帰ったんですね。
 その翌日(つまり昨日)昼過ぎにその自転車を取りにきたら、撤去されてました。月2、3回しか撤去されることはないのに、たった一晩止めていただけで撤去とは。

 このとき「今日のブログのタイトルは『自転車にも維持費はかかる』だな」とか考えていました。実際¥3,150に撤去手数料¥2,500を加えると、中古の自転車を新しく買えるくらいの費用がかかります。
 マクドのテイクアウト二人前を用意して大学近くに住んでいる友人を呼びつけ、めし食ってチャリの後ろに乗せてもらって自転車を引き取りに行きました。

 その帰り道、大学前のコンビニで買い物して出しなに、私の大学生活で一人しかいない、「顔も見たくない奴」の顔を見ました。大学は休みなのになんでいるんだ。そして友人は(事情により)「見てはいけない奴」の顔を見てしまい、ひどく落ちこんでしまいました。その相手もまた、そこにいる確率はかなり低い人間だそうですが。
 正直言って自分は大学には用事はあるけどもその友人の家には用事はなかったのですが、さんざんつれまわしておいてマクドおごったくらいでそんな勝手はいえないし、何よりそいつが参っていたのでとりあえずついていくことにしました。

 そうやって二人気落ちして自転車をこいでいるってときに、さらには急な上り坂を息を切らして漕いでるってときに、後ろからマークUワゴンがクラクションを一度に三連打しやがりやがって、こっちは汗水たらしてるときにまぁ苦痛の中はクーラーで快適なわけで。
 「コラ待てこのボケマークUワゴンが!」
 坂の頂上で追いついたので運転席の側に回りこんで「ジャリジャリジャリ」とクラクション3連打をお返ししてやった、と思ったら。
 どうも不具合で「ジャきジャき、じり」くらいしか鳴らない。濡れてるわけではなく、親指の感触がいまひとつ足りなくて、三回目には半分も押せなかった。気の抜けた炭酸飲料みたいにやる気なくなった自分は、山を下るマークUを呆然と見送る。すると友人が私の仇を討とうとしたのかそれともたまたまかそのへんはよく分からんのだけども下り坂を猛然と追っていくように私には見えた。
 さっきの上りよりさらに急で長い下り坂を下りきったところで友人は車に追いついたけども、同時に車は道を違えてしまい、挨拶の蹴りをバンパーに食らわすことはできなかった。
 その下り坂からすぐの、舗装のない道を行ったところが友人の家で、スピードが落ちきっていないまま砂利道に差し掛かった私の自転車はまもなく言うことを聞かなくなって

 転倒。

 傷はすぐ水でよく洗えたけれど。血に汚れたおろしたての服は友人がすぐに洗濯してくれたけど。似合いもしない消毒液まで滴らしてくれたけれど。洗濯した服はドライヤー使ってまで乾かしてもらったけれど。転んだときの衝撃で携帯が壊れてました。

 別の友人に「自転車の後輪が擦りきれて3千円。そのチャリが撤去されて2,500円、友人呼びつけてそのチャリをはるばる取りに行った帰りに二人それぞれ見たくない人間を見て、傷心で友人宅へ向かったらその入り口でこけた。その衝撃で携帯が壊れて、傷口が化膿しないようにこれから毎日病院通い」と端的に説明したところ、「散々やな。自分やったらそのうちのどれか一つでも泣き狂うけどな」といってました。それも子供みたいですが、そいつは確かにそういう奴です。
 とりあえず最近にない厄具合です。よく考えると途中から自分の厄が友人にまで波及してます。二日続けて帰りの電車が目の前でドア閉まったとか、もう当たり前です。

 今日病院へ行ったら毎日来てくださいと言われて左肘手前患部を包帯ぐるぐる巻きにされました。これがタイトルです。
 出来事が出来事だけに、文章はめちゃくちゃです。ひらにご容赦。
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posted by LG18 at 22:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 日常・全般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月03日

陽はまた昇る

 携帯を落としてから1ヶ月半、免許証を落としてからもやはり1ヶ月半。

 次は自宅の鍵を落としてしまいました。orz
 馬鹿は死ななきゃなおらないと言いますが、私のものを落とす癖は死ぬまで治らないでしょうね。
 7月31日のバイト中に落としたのを拾って確認したのを最後に彼女(鍵)を見ていません。ちなみに同じ日に財布を確認して吉牛に入り、食った後財布が見つからなくて散々探したあげく疲れて下を見たら椅子の下に財布が落ちていたということがありました。鍵もその日に無くしたものと思われます。風邪やら何やらでかなりテンパってた日でした。
 前回の時もそれを感じましたが、貴重品を落とすということはおよそ大人のすることではないという認識が世間ではあるようです。今回は探しに行ったバイト先で店長に「ボーっとしてた? 戦場やったら死んでるぞ。ここは戦場やぞ」と笑われました。
 命さえ落とさなければ何とかなります。

 今日は前のバイト先の仲間たちと久しぶりに飲みました。この仲間は今のバイト先とは対照的で、連れ立って旅行に行ったのが二度三度ではないという付き合いで、年下の自分は可愛がってもらっています。でもまだ皆フリーター……。私の近しい友人ざっと10人のうち、定職に就いている人間は一人もいないんですよね。別にひとかたまりというのではなくて、1対1の付き合いの方が多いのですが。逆に過半数が不眠です(苦笑)
 今日もただの日記でした。
posted by LG18 at 23:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 日常・全般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月02日

今日は私事ばかり

 アクエリアスの新商品、アクティブダイエットは「駅まで、歩くだけでもいいんだ」というコピーで売り出していますが、先日駅の自販機にそのコピーが掲げられているのを見ました。
 どこまで歩けばいいの?

 風邪が治って3日目、バイト始めて2ヶ月弱、裁事の試験からは2ヶ月半、司法試験(択一)からは3ヶ月弱。
 ついに勉強を再開します(え。やってなかったの)。ええ、やってませんでした。まったく。まあ、そんな時期だったんでしょう。
 まずは今年の論文試験を書くところから始めてみます。ねらいは宅建と裁事、国Uは検討中で司法試験・ローはとりあえず二の次なんで不要といえば不要なんですがね。念のため書いておきますが、諦めたわけではないです。はい。

 私事はこのくらいにして。
 「弱い弱い人間ども(め)」という物言いがあります。良く使われるだけの台詞であるとは思います。しかし、私は自分が弱い人間であるということは日々痛感してますが、それは私が強い人間がいると感じているからで……また私事だ(笑)

 帰り道、自転車の虫ゴムが切れて動かなくなりました。思えばよく走ったもんだ。大きな橋を自転車を引きずって歩きながら、夜の淀川の真ん中でイエモンを熱唱してました。
 SO YOUNG! と叫びながら川に身を投げたかったけどひたすら泳いでもたどりつける自信がなかったのであきらめました。
posted by LG18 at 23:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 日常・全般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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