2005年09月04日

超魔術と痴呆のあいだ

 今日バイトで荷物を開けていて(それはいつもやっている)、ふと気付くとほんの直前まで使っていたハサミが消えてました。それは結局最後まで見つかりませんでした。
 ここまで鮮やかに消えられてしまうと、私は本当にそれまでハサミを使っていたのか、そちらの方が疑わしくなります。

 昨日は自転車の鍵を失いました。それで気を張っていた(つもりでいた)次の朝のことです。ふと、去年の今ごろは何をしていたのだろうと気になりました。それは全く思い出せませんでした。思い出せないというよりそもそも自分に去年があったのかが分からない。理屈ではなく感覚的にそう感じました。
 記憶は明証性を伴わない、と、当たり前のことを難しい言葉で書き留めた友人がいましたが、私は私なりに私が私であることの確証が持てないと感じたことをその友人に告げたい気分です。アイデンティティが記憶のみによって支えられているかは分かりませんが、とりあえずファンタジー等で扱われているそれほど、記憶を喪うということは都合のいいものではありません。

 昔のことは覚えているつもりでいましたが、それは一年づつ丁寧に区切ってくれて、かつ(6年ないし)3年ごとに変化をつけてくれるからであって、たとえば仕事を始めて転勤もなくずっと勤めつづけていたら、私の場合10年前のことか昨日のことかがまるで分からなくなるような気がします。とすればそれは本当にそうなのかも分かりません。そして、細かく区切られて変化をつけていても、やはり覚えていないことは(他人と比べて)著しく多いです。幸い去年友人と交わしたメールが数通残っていましたが、それを読み返してもとても去年のこととは思えない、というよりそもそも自分のこととも……

 当然の結果というのか、(去年の自分を見返して)まるで進歩がないです。どうやらここはひとが余生と呼ぶところのようです。それとも今を過ごすだけで精根尽き果てているか。
posted by LG18 at 23:59| Comment(2) | TrackBack(0) | 日常・全般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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