2006年02月14日

踊らされているのは―― 〜信じるということは(3)〜

 同じ年の友人が言った「この年にもなれば、合コンはもはや義務だ」というセリフは、惜しくも「名言!」からは漏れましたが、いい加減このトシにもなってチョコレートがどうのこうのもありません。くれる人には森永ダースのビターか明治ブラックチョコレート(要するにメーカーもんのスーパーで100円を切るぐらい安物のビターチョコレートが良い。お返しに気を遣わなくて良いから)を所望してますが、今年は女の子と会う予定がないのでもらえません。話すことも無いので世論調査にケチをつけたいと思います。

 このテの話を書くときは、読者の方は読まなくても先が見えてるのではなかろうか? といつも思ってしまいます。私の話は一部の面白い小説や漫画と違って、話の先が分かっててなお読む気にさせる類のものではないので、先が見えてしまうことはわりと致命的なことだと思っているのですが。

 少し前、選挙がありました(このブログでも2,3記事を書いた)が、終わったあと、「自民党が勝ちすぎたと思うか」との質問に、「そう思う」と答えた人が80%いたという世論調査が報道されてました。バカバカしいことこの上ない。
 私が何を根拠にそう記憶しているのかは定かでありませんが、前回の選挙で自民党は80%の支持を得て選挙に勝ったと記憶しています。(事実はさておき)仮に得票率が80%だとして(サバ読みすぎというわけでもないだろうし)話を進めると、自民党に票を入れた人の割合と同じ割合の人が「勝ちすぎた」と思っていることになる。分かり易くするために論を飛躍させると、自民党に票を入れた人の相当数が「入れなきゃ良かった」と思ってるということになります。

 そんなバカな話はない。もちろん実際に自民党に票を入れて、結果が出たのち「こんなに勝つなら入れなきゃ良かった」なんて思ってる本物のバカも、自分は投票にすら行かないで結果だけ知ってぬけぬけとぬかしとる本物のバカ以上のバカも、いることはいるでしょうが、それは世論調査とは無関係です。私がバカバカしいというのは、メディアが、自分が言いたいことを独善にしないために、80%のカラクリを作り上げてるということです。

 まず第一に、というかこれがほとんどなんですが、あの結果(議席数とか数字は忘れましたが)を見せられて「勝ちすぎか」と問われれば、大抵の人は「それはそうだ」と答えるに決まっている。その結果を初めから知ったうえで、しゃあしゃあと質問している。その結果を記事に載せて、ほら見ろみんなそう思ってるんだっていうことを読者に読ませて、再びその意識を植え付けるわけだが、今度のは「勝ち過ぎか?」「それはそうだ」と(いう単純な感想とは)違って、自分たちの都合の良いように意識を改竄させている。早い話が思想統制です。

 話はそれますが、前から申し上げているように、私は右翼です。首相の靖国参拝大賛成です。しかし自民党に票を入れたことはない。私のような思想をもつ人間が主流であることは危険だと考えるからです。民主主義は現段階で理想的な国家形態とされていますが、それは国民各人の不断の努力が不可欠の前提です。よく「自分の好きな人に投票すれば良い」といいますが、厳密にはそれは間違いだと思います。自分が(感情的に)譲れない思考と、理性的に思考(志向)する国家形態が同じだなんてことは、まあ少数ではないでしょうか。たとえば、毎日休みの世の中を作ると言って、政策や公約を掲げた候補者が現れても、勝てないでしょう。ところがその理性と感情の垣根をとっぱらって分からなくしてしまうものがある。それは宗教です。かくして宗教団体の一部である政党が固定票を得て与党に居座る。タブロイド紙のノリで言えば、日本は宗教国家だとなります。

 生きている限り、他からの刺激を受け、それに(程度の差はあれ)思考は影響を受ける。損保21のCMを見たら「見っなおそーう見なおそう♪」とハモりたくなるわけです。あれ、21だったか24だったか。LG21だったか18だったかがお送りしました。

 この先のループだかスパイラルだかに付き合う
posted by LG18 at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 思うこと・主張 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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