2006年04月27日

こんなことを書かすなよ

 共謀罪が明日の衆議院法務委員会で通過される見通しです。もちろん与党の独断です。

 分かり易く言えば
 A「あのコ可愛いよな〜」
 B「いっぺんやってみたいよなー」
 A「そうだよなー、押し倒してでもやってみてぇ」
 B「ホントだよなー」
 これだけで逮捕です。起訴です。保釈金は3億円です(それはない)。妄想を口に出すことも許されない、素晴らしい世の中です。

 実際にそうなるかどうかは分かりませんが、逆に言えば実現するかもしれないし、実現する方向へ向けて動いていることは間違いありません。一党が勝ちすぎるとロクなことがないんですよ、全くもって。「二党体制」なんてマスコミがはしゃいで、何も知らない馬鹿どもがそれで良いんじゃないかなんて言って、にわかにそちらへ走りだしてるけど、二党あるうちの両方が今回みたいにとち狂った方向へ走り出したら誰にも止められないんですよ。ましてや民主党なんて自民党より自民党なところがあるんだから、全くもって冗談じゃないですよ。ついこないだ選挙権を得たばかりの若造にこんなことをいちいち書かすんじゃないよまったく。
 どさくさにまぎれてサバ読みましたLG18ですこんばんわ。結婚は電撃、浮気は発覚、年齢詐称は疑惑です。あくまで疑惑どまりです。

 ちょうど去年の今ごろ、個人情報保護法案について私も一言書きました(*注:去年張ったリンクは切れているので、こちらで探してください)が、施政者(与党)は時々訳の分からない法案を力ずくで通そうとするので油断はなりません。現に小渕内閣は通しましたしね。バカなふりをしてる奴ほど油断ならんということですよ。その次の首相は本物でしたけどね

 今回の共謀罪のねらいもやはりわけがわかりませんが、私なりの解釈を以下に続けたいと思います。興味のある方は続けてお読み下さい。はっきりいって、私もこんな(ナンセンスな法案について解釈するなんていう)くだらない記事を書くより、桜井幸子の離婚について友人とゆっくり話がしたいんですけどね。

 続きを読む
posted by LG18 at 23:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 法律のはなし・受験記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月25日

最も危険な日常

 私はほとんどテレビを見ないですが、今日はJR西日本の脱線事故から1年というので特集が数多く組まれていたことでしょう。すなわち、忘れてはいけないということをマスコミが騒ぐ。被害者やその遺族が和解に応じていないというのも、ひとつにはそれもあるでしょう。過去に社会問題となった公害も、今では「四大公害」なんて言い方はしないそうですね。しないというよりさせないと言った方が良いかもしれない。和解に応じると、なかったこととしてもみ消されてしまう。

 阪神大震災にしても去年の脱線事故にしても、私は比較的近いところに住んでいるから、その意味での経験として忘れることはないでしょう(地震のときはかなり揺れたけれども)。でももし遠くに住んでたら、まず無関係だと思っているでしょう。正直なところ。皆がそうだなんて無責任なことは言えませんが、まあ多数の人は似たりよったりだと思います。でなければマスコミが正義面しても歯牙にもかけ(られ)ない。

 忘れないということは重要なことだと思います。ただ忘れないだけではしょうがないですが、他人にできることの限界を考えれば、無下にはできないだろうというのが私の考えです。だから、今回の報道や特集を一概に非難するつもりはありません。ただ、明日になってチェルノブイリの原発事故から20年だという報道が、どのくらいの規模でなされるかが不安です。

 チェルノブイリの原発事故は、私の知る限り人類史上最悪の人的災害です。広島に落とされた原爆の700発分とも言われてますが、正確な被害の規模は未だ明らかにされていないような有様です。私個人の見解(憶測)ですが、WHOが死者9千人と発表してますが、確実に1万人を超えていると思います。この事故については明日、繁華街へでも出ていって、一日中スピーカーで訴えるぐらいの価値があると思います(私はやりません)けどね。
 原子力発電っていうのは、それほど危険なものなんだ。「二酸化炭素を出さないクリーンなエネルギーとして、注目されています」(関西電力CM)なんて、馬鹿言っちゃいけない。危険性はおろか、放射性廃棄物という、非常にダーティな副産物出まくりなことすら一言も触れないで。

 なかには日本の原発がときおり起こす事故ぐらいだとしか思ってなかったりする(もちろん日本の事故も危険だけど)人もいるし、その年生まれた子だってハタチになってるわけだから、(日本では)風化していってる。
 20年ということに意味はない。言うんなら毎日言わなきゃいけない。それが筋というものだ。だけど、せめてそういうときぐらい言わないと、本当に忘れてしまうだろう。言い方は悪いが、まだ1年しか経ってない事故のことを忘れてる奴は少ない。20年も前の、しかも日本にとって外国の大惨事に比べれば。でも、JRの事故とは比べものにならない数の人が死んで、放射能汚染に苦しんで、白血病になって、今なお救いの手は伸びない。これを「そんなもん知るか、俺は友人を去年の事故で亡くしたんだ」と言い出したとしたら、これは悲劇じゃないだろうか。
posted by LG18 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 思うこと・主張 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月22日

隔靴掻痒

 改めて買った自転車は重いです。15分のところを10分で走るのは、(車が渋滞してる等の事情がない限り)到底無理です。重い分運動にはなりますが。

 ともあれ、自転車に乗っていればそれなりに(スピード感がなくなったから、「それだけで」と言えない)テンション上がります。そうやって乗っていると、雨が降ってきました。無視して走っていると本降りになってきたので、仕方なしに店に入って、悩んだ末に傘を買いました。昼飯代より高かった。それで店を出て。
 止んでた、と言うんだろうとお思いですか? 止んだら良いじゃないですか。雨は上がるわ傘は手に入るわ、一石二鳥ですよ。
 雨は止みません。ただ、さすには弱く、かといって無視するには強い程度に降ってました。せっかく買ったばかりなので傘をさして走りました。ところが風が強くて煽られます。止んでくれれば一石二鳥なのにな、と思っていると、その思考の底に沈んでいる強がりを見透かすように雨が止みました。私は自分で好んで自転車に乗っているはずなのに、なんだか乗らされているような気分になってきました。

 そしてこの傘。私は雨の降ってくる方向や角度に合わせて傘をさしたいので、透明のビニール傘を選びました。真正面から斜めに降ってくる雨に傘を合わせると、透明でないと前が見えなくなって危ないからですね。ところがこの傘は、売られていたときは畳まれていたので分からなかったのですが、新品のくせによごれていて、傘を通した景色は半端に透けて、白内障ってひどくなったらこんな感じかな、みたいにしか見えない。

 中途半端な小雨の中を、大枚はたいて買った二台目の重い自転車で汚れた透明のビニール傘をさして走る。嫌なら止めれば良いじゃないかと思われるかもしれませんが、そういうわけにもいかないんですよね。
 他人に相談すると「そんなもんだ」と一蹴されたりして。そんなもんですよ。

2006年04月21日

花鳥風月

 三島由紀夫「春の雪」を読み終えました。少し前ですが。
 感想については月並みなものしか書けそうにないので概ね割愛して、筆者の意図はさておき、聡子(こないだの映画では竹内結子が演じていた)の方が悪役として描かれてましたね。(映画の)予告編でも使われてましたが、「私がもし急にいなくなったら、清様、どうなさる?」の一言が全ての元凶です。逆にいえば、ストーリーの構造として全てこの一言に還ってくるように作られています。げに女は恐ろしき。

 さて、ヒロイン聡子は没落貴族の生まれですが、「優雅」だけは錆のように残っていて、凡庸な、というよりむしろまるでうだつのあがらない聡子の父親も、歌会だけは尋常でない活躍を見せます。それは娘の教育にも徹底していて、「和歌にならない恋は無価値だ」と聡子に刷りこむのです。これは興味深いテーマです。

 忘れてもらっては困るのですが、つゆどんは生粋の短歌ブログです。などという妄言はさておき、和歌は恋を歌う(ための)ものだ(った)と思っていた私には新鮮な命題でした。目的と手段が逆になってます。
 もちろん、それは(一時であれ)敷衍された価値観かは分かりません。古典を下敷きに書かれた小説だといっても、古典にどう書かれていたかは直接読まないことにはわからないし、位置付けとしても小説のテーマとは程遠いもので、キャラクターの持つ「優雅」を演出するための道具に過ぎません。もとより父親は常識人としては描かれていないのでなおさら(筆者個人の、それも偏った設定かもしれない)です。

 ときどきふと思うのですが、短歌というのは(俳句でもそうですが)なぜ形式が決まっているんでしょうか? 技量を問う(磨く・見せる・競うetc.)ものである。以前も書きましたが、それはもちろんそうでしょうが、それが(究極の)目的ではないはずだ。となると、やはり美(の追求)ということになろう。少なくとも私にはそれ以外に候補すら浮かばない。

 となると、やはり聡子の父親の考え方の方が本質に結びついているといえる。間違っても、和歌は自分の恋愛(の○○さ)を表現するためのものではない。より良い和歌を詠むために、自分がする恋愛の方を選ばないといけない、というのが本来真っ当な考え方なわけです。そんなことのため(だけ)に生きる、という歪んだ合理性のことを「優雅」と呼ぶのだと、「春の雪」には書いてありました。基本的に私も賛成ですね。

 現代も相変わらず恋愛を歌った歌は多いですが、はっきりいって私はこれらが好きでない。それはもちろん、私自身が現代の恋愛偏重主義に反対の立場を取るので、巻き込む形で評価できないという主観的な事情はあると思います。しかし、私は私で生粋の恋愛ブログ(あれ?)を書いているので、「恋愛を扱うからダメだ」とは思っていないはずです。
 時代の流れにも逆行して(つまり平安時代前後の貴族間で国政と並列に扱われるほどの価値観の欠片もない現代で)、それでもなお飽くなき美の追求のために、この歌を歌うためだけに私は生きてきた、この恋をした、という迫力があるか。そうでなかったら何が悪いのかって、短歌で恋愛を歌うことの意味が根本から揺らぐってことじゃないですか(違うんですかね?)。
 私みたいな素人がこんなところで歌う分には可愛い小鳥の囀りと流せようが、たとえば歌人と呼ばれるような人が、技巧やらセンスやらが格段に上乗せされこそすれ、根本的に何も変わらないとして、だから新しい道を模索するというならともかく、何ら疑問を感じないというのはどうかと思いますけどね。ましてや「耳に入り易いから」なんて、話にもならない。

 受け手に求められるものが多いという点で小説より厳しいのは事実ですが、作り手の方で折れてしまったらおしまいだと思います。それは形式を維持すべきということではなくて。

2006年04月19日

意気消沈

 自転車を盗まれました。買って十日ほどしか経っていないのに。
 毎日予備校に通う日々ですが、電車に乗らずに自転車で通っていたことが自分のストレス発散に大きく役立っていたことを改めて痛感しました。仕方がないので今晩は家で酒を呑みました。プログを書くスピードがいつもにまして速い。そして適当。

 どこがストレス発散かというと、まず体を動かすこと。そしてスピード感(スピードではない)を得ること。さらに加えるならば、声を出すこと。私が運転する自転車は、車で15分と電光掲示板に表示されているところを10分で走ります。スリルとサスペンスのスペクタクル、そしてラストは感動です。酔ってます。
 エコロジーアンドエコノミーというなら自転車に乗れば良い、と本気で思っています。大阪市内なら車より速いし駐車禁止も一方通行も関係ない。信号だって歩行者と車用と、都合の良い方に従えば良いわけですしね。
 ただし一つ付け加えておくと、私より上はいます。私を抜き去ったかと思うとメイン道路が交差する大きな交差点の右折信号を鮮やかに無視して去って行きました。あれは(15分のところを)7分半くらいで(走ってるので)しょう。今度真似したいと思います

 自習室に入ったら、女の子が一人小さく丸まって、上着を頭からかぶってました。彼女は長い間うなだれて丸まっていましたが、私が去り際に暖房をつけたら顔をあげました。かわいいということは始めからわかっているから声がかけられませんでした。

 今日もあきらめきれずに自転車置き場で自分の自転車を探していると、女の子が自分の自転車を出そうとして、周りの自転車をなぎ倒してしまって、隣りの自転車とその子の自転車が絡みあって身動きが取れなくなっていたので反射的に手伝いました。「ありがとう」と声をかけてくれましたが自分はイヤホンをしていて(音楽はかけてなかったから声は聞こえた)、曖昧で嫌らしい笑みを浮かべて、あとでしみじみ自己嫌悪をしてました。

 下心が全くなければ、夜の京橋で友人がやっていたように、タバコを加えたままポケットを探っている女の子に火を灯しても何ともないんですけどもねえ。

 ここまで書くのに3分なんで、「電光石火」でも良いですね。
posted by LG18 at 23:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 日常・全般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月17日

杯盤狼籍

 先日、数学の勉強法について「公式を覚えようとせず公式に至る過程を理解すれば良い」というありがたいコメントを頂きましたが、ふと考えると法律学にも同じことが言えるんですよね。すなわち、個々の規定や判例を知識として覚えても法律家とはいえない。なぜ、何の為にその規定があるのか、その規定が他の規定にどう影響するのか等を繋げて考えないと理解は深まらない。道理です。

 ところが、今日本屋で「国家の品格」という本を立ち読み(あんまり売れる売れるとうるさいもんだからいっぺんどんなもんか、と)してみると、大切なことは論理では説明できない、というようなことが書いてありました。
 なるほど、「だからてめぇらバカどもは死ぬまで貧乏人のまま御上のためにせっせと働けボケ」って書いてあるんだな(*注:書いてないと思います。たぶん)と理解して静かに本を置きました。
 私に言わせれば、この命題は半分真で半分は真ではない、結論としては偽となります。確かに、論理をつきつめていけば最後は論理でなくなります。以後の段落を、「→」を「なぜか」と読みながら進んでください。

 人を殺したら罰せられる→刑法に定めがあるから→国家が国民を守らなければならないから→憲法に国民の権利として定められているから→歴史的に国民が国家に虐げられたから→・・・。

 「歴史がそうだから」というのは、論理ではありません。「悪い過去を繰り返してはならない」といっても価値観でしかないし、そもそも国民が施政者の言いなりになることが「悪いこと」というのもひとつの価値観でしかない。論理的ではないわけです。その意味で上の命題は正しい。また、私自身も論理というものは他人を説得するための道具である、ぐらいにしか考えていません。論理的であることが正しいことかどうかは、本当は分からない。だから実質的にみても(論理には限界があるという命題は)正しいと思う。
 しかし、その対象を「大切なこと」とするのは作者個人の評価でしかない。これは真とは言えない。そしてこれを作者は意図的にやってるんでしょう。大切なことは論理的でないというそれ自体偽の命題を、さらに文章を重ねて巧みに逆転させて、書いてあるかないかは知らないけれども、読者の印象として「論理的でないものが大切なことだ」との錯覚を起こさせる。そしたらあとは何を書いても筋が通るということになる。
 これはこの人がそう言ってるんだろうという推測ではありません。私がこういう(前)振りで文章を書くならそう持って行くだろうという推測です。

 もうひとつ付け足しておくと、今蒸し返されてる武士道やらサムライやらは、江戸時代以降に上が押しつけた精神であって、それも朱子学(儒教)なんだから、つまり輸入モノです。中国からの。それ以前は全くなかったとまでは言わないが、とりあえず世に平安が訪れて時間が経って、士といっても戦うでもなければ新たな領土が与えられるでもなし、目を向ける先を御上の都合の良いものにしなければならないというので、敷衍された宗教です。目上の人を敬わなければならないということに根拠(論理)はない(もちろん蔑んで良い根拠もない)。
 鎌倉時代には「御恩と奉公」という概念があったとされていますが、あれは給料をもらったらその分は働くという、今でいうところの契約関係を指したものに過ぎません。給料がもらえなければ働かない。実際、幕府の弱体化の一因として、元寇を追い払った際に活躍した武士達に給金を支払って金がなくなったとか、支払えなかったとか言われます。あれはつまり「支払わなければならなかった」というわけで、江戸時代にいう武士とは別物なわけです。
 「国家の品格」がどう言及してるかは読んでないから分かりませんが、とりあえず貧乏士族の目を背けるための宗教を「連綿と続いてきた武士の精神(カタカナでいうとサムライ・スピリッツですか)」などと吹聴されると、またその手の思想統制かと辟易しますね。

 国語やその背景にあるものがろくに掴めない段階で英語を学ぶことに何の意味も無いという点などはその通りだと思うし、決してこの本一冊全てが受け容れられない内容のみで綴られてるとは考えてませんが、ベストセラーをすらすら読めるほど自分はメジャーな人間ではないのだろうと。
 他にも脈絡のない色んな話をするつもりでタイトルをつけたのですが、思いのほか長くなったので終わりにします。
 ともあれ、私は右翼を自称してる、ということでよろしく。
posted by LG18 at 21:52| Comment(0) | TrackBack(0) | ひとこと・つぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月15日

新規開拓

 つゆどんを始めて1年経ちますが、今まで(TV)ゲームを取り上げた記事は1つもありません(少なくとも私の記憶には)。今日は私が提案した新しいゲーム(システム)を2つ、ご紹介したいと思います。

 1.RPG(ロールプレイングゲーム)に、やる気を数値化したメンタルポイント(MP)の導入。

 私はFFよりドラクエ派(本当はネットハック派(笑)だが)なのでドラクエを前提に話を進めますが、例えば

 ○○(モンスター)はあなたの母親を真似て言った。「ゲームばかりしてないで、勉強しなさい」
 勇者は白けた。MPが5減った。
 魔法使いは白けた。呪文なんて唱える気にならない(呪文が使えない)。
 戦士は闘志を燃やした(次の攻撃が会心の一撃になる)。
 踊り子はふさぎこんだ。鬱になった。

 と、こんな感じです。MPがゼロになったキャラは冒険する気が失せて家へ帰る(死んだのと同義)。状態異常「鬱」は「毒」のMPバージョンで、歩くたびにMPが減っていく。「うつのくすり」で回復。
 宿屋で休むと基本的にMPもある程度回復するが、あまりに低すぎるとここでずっと休んでいたいとダダをこねたり、場合によっては乗り気だったキャラが無理に休まされてかえってやる気がなくなる(MP減少)場合も。もとより人の気持ちなので変化しやすい。例えば仲間が死んだ場合、仇討ちに燃える性格のキャラもいれば、反対に怯んで及び腰になるキャラもいる(そういう設定はあらかじめ決めておく)。それらを数値化して攻撃力にも反映させる、という感じで。

 最初にプレイヤーの年齢を入力させて、それに合わせてシステムを組めば、モンスターに「こんな年になってまだこんなことやってるのかよ。呆れるぜ」「俺を倒して、それで仕事がうまくいくならいいがな、はっはっはっ」等の効果的なセリフを吐かせることができ、そのときの気分によって白けたり、怒ったり、ヘコんだり、より感情豊かにゲームを進めることができると思われますが、いかがでしょうか。
 鬱の人に失礼じゃないかという指摘については、私自身そんな風には考えないし、仮にそう考えたとしても、分裂病(今は統合失調症と蔑むそうだが)の人に失礼な状態異常がすでに定着してるので、当たりません。

 2.SLG(シュミレーションゲーム)で現代史を学ぶ

 「三国志」という有名なSLGがありますが、あれは相当昔のことだし、第一日本ではないので、いまいち身に迫ってくるものが無い(端的に言えば、単なる陣取りゲームだ)。そこでこれらのシステムを叩き台にして、現代日本の政治を舞台に、プレーヤーが予め登録されたキャラ(政治家、あるいは候補者)の中から好きにを選んで遊ぶというゲーム。
 まず目的を自分で設定するところから始めないといけない。

 最初は手近なものから、 
 ・国政選挙に当選する
 ・二期当選を果たす
 ・予算委員会でTVに映る
 ・TV出演を果たす
 与党幹部クラスの政治家を選択したプレイヤーなら
 ・閣僚になる
 ・選挙で大勝する
 ・ライバルを蹴落とす 
 ・総理大臣になる
 ・合法的に軍事国家へ転換させる
 こうなると「クーデターを成功させる」というのが欲しいが、念頭においてるのは選挙が中心の政治ゲームなので今回は見送る方向で。

 資料の乏しい三国志でも500人前後のキャラが登録できるんだから、現代日本なら2000人は軽いだろう。メーカーさんそのへんはよろしく。

 次にシナリオだが、これも事欠かない。
 シナリオ1 1972年7月 田中角栄、国政を牛耳る
 シナリオ2 1978年12月 角福戦争と中曽根の寝返り
 シナリオ3 1986年6月 20年後の闇の元凶 中曽根3期目
 以後割愛。とりあえず(三国志で言えば)角栄が張角(黄巾賊)で中曽根が董卓のポジションです。

 能力としては、統制力、威圧力、政策力、人気の4つを100をMAXとして数値化して表します。例えば鈴木宗男であれば、72、95、57、32といった具合です。

 コマンドは金集めや人脈作りが中心になりますが、プレイヤーが選んだキャラの地位によって変える必要があると思われます。最低でも「新人議員」「中堅議員」「党幹部クラス」の3つは分けないと、することが全然違いますからね。
 イベントネタは、選挙にまつわるエトセトラのほかにも、汚職事件とか派閥闘争とかスキャンダル発覚とか、とめどなく溢れていますが、このゲームはどう転んでも実現しません。
 どう描いても名誉毀損で訴えられる。ゲームに悪役は必須なわけですからね。もっとも、このゲームに限っては善玉をこしらえる方が大変ですけどね。
posted by LG18 at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 日常・全般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月14日

画龍点睛

 自転車屋の店主「いらっしゃい」
 LG「これこないだここで買った自転車なんですけどね」
 LG「漕いだらギシギシ言うんですよ」
 店主「どれ……ふむ」

 店主「いや特に問題はないですよ。ちょっと油が切れてるだけでしてね」
 LG「ふざけちゃいけない」
 店主「はい?」
 LG「ここへ来る前に、他の自転車屋に見てもらったんだ。ベアリングを交換しないと近々チェーンが外れたり、走行に支障を来すというじゃないか」
 店主「はっはっは、そらオーバーですわ」
 LG「そりゃ商売だから、多少はオーバーかも知れない。でもかなり傷んでるのは事実だろう? 『油が切れてるだけ』だって?」
 店主「お客さんが買いはったのは中古車ですからな。多少の傷みはしゃあないですわな」
 LG「ふざけるなよ」
 LG「素人や思てナメとったあかんぞこら。自転車は素人やけどな、民法には瑕疵担保いう制度があるんやぞ」
 LG「こんなもん『隠れたる瑕疵』以外の何物でもないやないかこら。この紙見てみい。あんたが書いた紙や。買ってまだ一週間しか経ってない。ましてや1、2回しか乗っとらんのやぞ。それでギアが傷んでました、このまま走ったら壊れるかもしれません、中古車やからしゃあない、で通ると思とんかこら」
 店主「修理はしますけどもお代は頂きますよって」
 LG「まだ分からんのかいな――」(ほな簡易裁判所持っていかなしゃあないな。あんたが負けたら弁護士代から皆払うてもらわなあかんねやけどな。)

 店主「分からんのはてめえの方じゃコラ」
 子分2「大人しゅうしてたらつけあがりおって。兄ちゃん、なかなか言うてくれるやないか、お?」
 子分3「おう。ないやいな兄ちゃん。よう聞こえんかったんやわ、もう一回話聞かせてくれへんかの」
 子分4「ああクルゥア! はよ話さんかい」
 LG「いや、まあ、あの、なんでも、なんでもおまへんでな、あはは。」
 子分1「なんでもないんやったらとっとと帰んなはれな」

 ――と、丸めこまれないことを祈りつつ、明日にでも早速ギシギシ言う自転車の交渉に行こうと思います。ええ、まだ行ってません。

 LG「くそっ、安物売りやがって」

 続きを読む
posted by LG18 at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 日常・全般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月13日

一期一会(20禁)

 去年と同じCMやってますね。全く同じというわけではありませんで、去年の方が良かったですけども。
 企業のHPへのリンクかと思いきや自サイトへのリンクという、押しつけがましいLG18ですこんばんわ。私も去年と同じ(ポップな)記事を書こうと、まずは間口を広げようと企んでいたのですが。

 自宅と予備校の往復では倦んでくるので町の図書館で勉強を始めかけていると、横からおじさんが話かけてきました。
 「携帯で衛星放送見れるの?」
 よく分からないんでそう答えたら、しばらく同じ話題で逡巡した後、ラジオは聞けるかとか翻訳はできるのかとか色々聞いてきたので、知ってる範囲内で答えました。

 それから1分ほど間があって、また尋ねられました。
 「このへんで妊婦とやらしてくれるとこ知らない?」
 は?
 「妊婦に中**できる店無い? 東京ではウグイスダニってとこが有名なんだけど、大阪にはそういうところないかな」
 知りませんよ(笑)
 町の図書館ですよ。周りに普通に人いてるし。個人的には引きはしないですが、世間様の手前引くふりをしておかないと。
 「あれは一回ハマったらおしまいだね。クセになるらしいよ。ありゃマインドコントロールだ。」うん、マインドコントロールだ、と繰り返しているおっさんの顔をうかがうと、さっきから誰かに似てると思ったんだ。
 小川直也だ。よく似てる。
 「じゃあ女医の乱交パーティやってる場所知らない?」
 STOで目ぇ覚ましたろか。

 また1分弱間があって、話しかけてきました。20禁かと思いきや、
 「『数学的思考法』って本があるんだ」
 はあ。
 「読んでみると良いよ」
 よく分からないが、一本調子ではないらしい。

 次は何を話しかけてくるだろうと思いながら待ってると、はたして口を開きました。
 「ジョイにしごいてもらったことあるよ」
 は?
 「女医にね、手術のとき、3時間チンポしごいてもらったの」
 ほんまかいな。
 「ありゃすっげぇ気持ちよかったな」
 そうかいな。
 見ると、右目が血走ってます。それもそのはず、右目の周囲全体が赤黒くなっていて、痣になる前の感じで、どうみても誰かに殴られた痕にしか見えない。それで小川です。ただ、体躯は並です。
 その次は「5000人以上と本番中**したAV男優はいるけど、1万人てのはいないな」とシモが連続して、「1万人っていうと、すごいよな」としみじみ言ってました。確かに自分の子供が1万人いたら痛快だ。このころから私は話しかけられたことをメモにとりはじめました。使える。

 「女には排卵日ってのがあるの」
 はあ。(知ってるよそんなこと)
 「その前後に生でやると、御宮参りだ」
 はあ。(そりゃそうだ)
 「御宮参りなわけ」
<間(1分前後)>
 「女は男のきんたま袋に精子がたまってるかどうか、見抜く力を養わんといかんよ」
 はあ。(また随分と偏った見解だな)
 「変な股のプライドとか捨ててさ、どんどんヌイてやんなきゃ」
 はあ。(それはどうかと思うが)
 「役割分担だと思うよ。俺が女だったらそうするね」
 (*注:女性読者の怒りを買うのは損なので詳細は割愛)
<間>
 「金ない金ない、っていうけどさ」はい。
 「そんなことないんだよね。もってる奴はいるんだ」はあ。
 「『死ぬ死ぬ』って言ってる奴に限って死なないんだ。本当に死ぬ奴は黙って死ぬ」そうかもしれないですね。
<間>
 「女医にしごいてもらったんだけど、それまでそいつとあまり相性が良くなかったの。しょっちゅうケンカしてたりして」はあ。
 「でも、しごいてもらってから、海馬に記憶されるっていうか、それからそいつには従順になっちゃって」はあ。
 「こいつの言うこと聞いてりゃまたやってもらえるんじゃないだろうか、と思うわけだろうね。海馬に蓄積されてるんだよ」はあ。(海馬好きやなこの人)
 「それで円滑にいくんだったら、それで良いんじゃないの、って話だよ」はあ。(なるほど、そこへ繋がるわけか)
<間>
 「キミ、勉強してるんでしょ?」はい、まあ
 「話しかけて集中乱れちゃったでしょ」いや、まあ
 「羽生善治の『集中力』って本、読むと良いよ」
 ・・・
 「『集中力』」(*注谷川浩司著と誤っていると思われる。羽生の近刊は「決断力」)
 てめえが黙れば万事OKだっつうの(笑)

 去年には戻れないかなあ。
posted by LG18 at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 法律のはなし・受験記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月11日

因果応報

 LG18は学生時代、数学が大の苦手でした。始めから公式や記号にアレルギーをもっていたのですが、小学校の頃は「カッコ上底足す下底、かける高さ割る2(台形の面積)」と、日本語だったので大丈夫でした。記号らしい記号もなかった。中学に入ってもまだなんとかもちましたが、高校へ入ってからがまるでダメでした。公式がことごとく記号になったから。理由はただそれだけです。

 でも答えがわからないわけではなかった。なぜなら、目分量でかなり分かるからです。図形の辺の長さや角度や面積、関数の座標、複数の座標を結んだ図形の面積などは、正確に図を描けば目で解けます。さらに、いかに公式を使わずに問題が解けるかという点のみに腐心していたLGは、数列を麻雀の点勘定で解いたり(等比。等差は解答付近を勘で探り当ててあとは計算あるのみ)、唯一記号らしい記号の出ない場合の数、確率の項は出来が良かった(但し確率以外は式が立てられないので点はほとんどない)ということもありました。

 始めは農学希望だったのですが一年の夏休みで理系はあきらめました(当然だ)
 家庭教師のバイトのときに「極意を伝授してやる」といって、極力公式を用いないで三平方の定理の問題を解く方法を教えましたが、「普通のやり方で良い」と一蹴され、わずか半月であえなくクビになりました。

 そうやっていろんなことを犠牲にして、記号に目がくらむという理由だけで将来の可能性を著しく狭めて、今最後の試験に際し、記号でも何でも詰めこんでやる、かかって来いという気合いで、一般教養の数学の講座にのぞみました。
 (従来、公務員試験といえば場合の数や確率など、LGにとって最も得意な分野が、一般知能にまで出題の幅を広げていたり、他にも勘や目分量で解ける問題が頻出していて、これまで自分が長年培ってきた邪道な解法がいかんなく発揮できると思っていたのですが、去年の試験を受けた印象では(これからきちんと検証しなければならないが)、公式を使わないと解けないようないわゆる「数学」の問題が多くて、結局それが敗因だと分析したから。少なくとも確率の問題は一問もでなかった)

 いざ講座が始まって。先生いわく
 「公式なんて使わなくて良いです、というより、使ってはいけません。
 何!? じゃあどうやって解くんだ
 「目分量で解いてください。それが一番早くて正確です
 ・・・・・
 金返せー!!(涙)
 「問題に図が描いてありますが――」
 あれはすごく正確に描いてあると言うんだろう。ほら言った。言いやがった。俺が分かりきってることをぬけぬけと。
 この講義(の展開)なら俺でも教壇に立てるぞ。
 「こんな簡単なことに、誰も気付かないんですよね
 気付いてたっつうの! このくそ野郎。三角関数をやれ! 微積教えてくれ! (出題)傾向として俺はそっちの方が怖い

 ・・・
 ・・・・・

 でもこの講義は面白くて、くたびれなかったのも事実です。それでまた冗談の中身とその早口さがビートたけしに似てて笑えました。
 「ここの高さが0.2ミリなんですね。オカモトさんは0.02ミリのを作ってるんですけど、ははは」
 「6角形といえば雪印のマークですね(と言いながら6角形に付け足して雪印のマークを書く)。この(6角形の)中身に何が書かれているか皆さん知ってますか? 見てるようで見てないんですよねえ。(適当にチョークを動かしながら)黄色ブドウ球菌、じゃありませんよ。それでつぶれちゃったってね、ははは」

 前者のネタは声上げて笑いそうになりましたが、教室中に「意味がわからん」という空気が充満してた(書いたものを読めば理解できる人でも、早口で喋られるのを正確に聞き取ろうとすると、ある程度相手の言うことを予測してないと聞き取れないので、分からないことが多い)のでこらえました。私も意味がわからないネタがいくつもあって、惜しいです。

 それで、弱くはない雨の中を私は何を勉強しに行ったんでしょうね、と。試験に出れば文句はないですけどね。
posted by LG18 at 23:59| Comment(4) | TrackBack(0) | 日常・全般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月10日

熱情

 久しぶりにhideの「beauty & stupid」を聴いたら、かなりなことを言ってることを初めて知り、驚きました(B'zの「BAD COMMUNICATION」と合わせて、こういうの好きですけど)。先日は売り出し中の洋楽のオムニバスの曲をほとんど全て知っていて、今までそういう経験がなかったのでそのときも驚きましたが、年とったんだなあと感じさせられました。若者についていけないのは今に始まった話ではないLG18ですこんばんわ。

 私が初めて音楽で驚かされたのはXで(今になって尋ねてみると同年代の友人たちもやはり同様なんですが)、たとえば「紅」を聞いて、ただ恋に破れただけのことであそこまでやれるのがロックなんだ、と、少年LGは理解していました。少年には合理化というフィルターを通さないと、均衡が保てなかったのだろうと思われます。
 hideをよく聴いていたのはすこし前(全てが済んだあと)のことですが、そのときは音の緻密さに驚かされました。目立つナリやテンポの速さとは違った、地味ながらきめ細やかなセンスを好もしく感じた記憶があります(yoshikiとい(られ)たんだから当たり前といえば当たり前だが)。そのときはそれに気を取られて歌詞を聞いてなかったわけですが。
 今になって、(初めて)憧れる。「ことができる」とつけ加えたほうが正確かもしれない。

 「春の雪」(三島由紀夫著)を久しぶりに読み進めました。文章ばかりに気を取られて、ストーリーに足を絡めとられました。文庫で読んでますが、200ページの手前は赤面ものです。耳の先まで。19を過ぎた男なら誰しもが似たり寄ったりの経験があることでしょうが、自分は何周もリンネしてるし、正視できない。何と言うか、「文学」様に手をついて謝って、逆さまにして本を読み進めたい。唯一の救いは、自分には優雅の欠片もないことです。そこから逆算すると、この話の先は読めるし、それがまた非常に納得されます。
 そう思っているうちに、恥を棚に上げて、羨望を覚えます。

 どっちにしても、自分の答案を300通弱揃えて(=自分でブログを四季やって)、ようやく得られる感覚なんで、悪くはありませんが。

2006年04月09日

ウグイス男

 新しい自転車を買いました。南港に沈んだ先代の意志を継いで、2代目もやはりママチャリ。2代目は¥6,500の中古車ですが、すこぶる快調で、先代で自動車と衝突して前輪をひん曲げたときにかかった修理代¥6,000は無駄だったと悟りました。あれから歪んだ自転車を運転しつづけ、雨の日に下りの砂利道を曲がりきれず転倒して一生モノの傷を負うことになるとは「その時は知る由もなかった」わけですが。リンゴみたいなもんです。長い間置いてたらどっかキズいく。

 さて、そのチャリでしばらく大阪市内を走り回ります。予備校までの交通費を浮かせるためというのは口実で、ただ走り回りたいだけです。走り回るというのはオーバーですが、今地図で調べたら18キロほどありました。昨日は(片道)1時間で走ったので、チャリとしては結構頑張ってると思われます(信号は極力避けて走っている)。
 さらにこいつはイヤホンをつけてイエモンを大声で歌いながら走ってます。普通の人が聞いても分からないような曲を歌ってます。飛ばせば他人には聞かれないだろうということで頑張って車道を走ってます(車にとってウザいことこの上ない)。
 歌いながらこいでると暑いので服を脱ぎます。Tシャツは真っ赤です。しかし大阪は広いので、真っ赤なTシャツ一枚でイエモンを絶叫しながらママチャリを飛ばす奴は他にもいるかもしれない。私のTシャツは、思いきりコカ・コ○ラのロゴ入りで(市販ではなく学生時代にクラスで作ったもの)、背中には当時のコピーだった「できません、マネなんて。」とプリントされています。
 というわけで、そんな奴を見かけた場合は、警察へ通報せずに温かいまなざしを送ってください。よろしくお願いします。

 昨日は御堂筋を信号無視しようとして失敗して中央分離帯に孤立しました(対策:御堂筋は信号無視しない)。それから、酸欠でひどい頭痛がしました(対策:鍛える)

 友人にその話をしたら、体鍛える前に頭鍛えろと言われました。ごもっとも。

2006年04月08日

悶々

 去年の4月の記事を読むと、今よりも面白くてかなりがっかりです。当時は始めたばかりで読んだ方も少ないと思うので、是非読んでみてください(左にある「過去ログ」から読めます)。読んだ人も忘れてると思うので読んでみてください(押し売り)。今よりポップで、媚びてて、青くて、かわいいったらありゃしない(お前は誰だ)。
 まあ今の方が素なんですけどね☆

 もともと一つのテーマに絞ることはしないでおこうと考えていたところに、友人にも「内容が特定されてないのが良い」といわれて万華鏡を宣言するに至りましたが、最近はどうにも自分のワンパターンに嫌気がさして、またいつもの「テスト前ブルー」も微妙にからんでいるらしく、一丁小説でも書いてやろうかと半ば本気で考え始めてます。時間がないというより、そこへかりたてるあと一歩の熱が足りません。自分、大概いくじなしなもので。

 早い話が、行き詰まってます。沈殿物が小説へ駆り立てる程度に。
posted by LG18 at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 日常・全般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月05日

春はなんか優しくて残酷

 「誰が何て言っても」という物言いは他人とのコミュニケーションの余地を一言で断ち切る便利で凶器な物言いですが、それによりますと、誰が何て言ってもつゆどん(天つゆのない天丼なんて)は大長編小説だ、だそうです。こうなると私すら何と言っても無意味です。話が続かないのが難点です。

 パ・リーグは開幕十試合で既に順位が固定されました。すなわち1・2が西武・ダイエー(同立首位)、3位が日本ハム、以下オリックス、ロッテ、楽天。4位と5位はじきに入れ替わるでしょうが、所詮Bクラスです。1・2位も同様にどのみちプレーオフ次第なのであまり意味はありません。
 それをいうならセ・リーグもわずか5試合で1位と5位が入れかわるのみになってしまいましたけども(笑)あんまり言うと外した時にからかわれるのでこのへんでやめときます。

 「大学の友人は一生の友人だ」と言われますが、いざ自分が大学を出て感じたことは、単にそれ以降友人ができないというだけのことなのだろうということ。アラーキー口調で言うと、「大学のうちに人格が完成するっていうと、まあ大げさなんだけどな。なんつーか、こう、固まっちゃうんだろうな。いいとか悪いとかじゃなくってさ」というかさ。アレ? うつっちまったかな。
 自分の周囲の人間も「(社会的な関係は別として)今から人間関係を一から築き上げていく気にはなれない」というのが大勢です。他人事ながら結婚とかどうするんだろうかというのはありますが、私が何か言っても動く話でもなし、余計なお世話です。私自身は義務教育の時から人格が完成されていたクチなんで(笑)まったくもっていまさらですけども。

 「新しい季節はなぜか切ない日々で」? 桜を見る目が新しくない

 野球がツーアウトからなら、人生は脳死からかな。
posted by LG18 at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 日常・全般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月03日

こんなんでましたけど

 僕の樹海の底にある 黒い箱の中の玉
 掴んで掲げられたなら 心地よい風が吹くだろう

 僕が口を塞いだら あなたを傷つけなくてすむ
 「この空のように見守ることができるかしら」

 僕の中には玉がある 蝶々みたいにいったりきたり
 例えば僕の唇が あなたの空になればいいのに
posted by LG18 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ひとこと・つぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月02日

年中行事

 今年のセ・リーグが開幕しました。これは開幕前から予想してたものであって、断じて開幕以降変えてませんが、今年のセ・リーグ優勝は横浜です。二位が中日で三位が阪神、以下ヤクルト、巨人、広島の見込みです。まあ1から6まで当たるということは考えられないので、上位3チームと下位3チームの予想と解釈してください。とくにBクラスは適当です。興味ないんで。
 広島ファンの怒りのコメントの受けつけにはやぶさかではありませんが、巨人を応援する人間というのはおよそ野球ファンではないという見解は一向に揺るぎません。正直に言って、哀しいことです。

 毎年他球団から選手を札束で引きぬいては四番に置いて、そしてそれが一年もたない(それは当たり前のことだ)チームが他のどこにありますか。そういうのはチームとは言わないし、そのくせチーム愛を恥ずかしげもなく語るバカ(勝負は自分のためであってチームの為ではない。帝国軍の末期じゃあるまいし)が監督だし、こういうチームが優勝するということは有り得ないし、あってはならないことです。
 感情でものを言ってるわけではない証拠として巨人ファンの好きなデータで書いておくと、巨人の優勝は2002年以降ありませんが、2002年(まで)は松井が四番で、以降は札束が入れ替わり立ち替わり四番目に打席に立ってます。(松井が去った)翌年から高橋を四番に据えてそれを保持していれば(むしろそれができれば、と言った方が良いかも知れない)こんなくだらないチームにはならずに済んだのに。
 阪神だって金本が入った年に優勝したじゃないかとお思いの方がおられるかもしれませんが、金本は3番でした。そして一年通してそうでした。
 「巨人」が好きな方、何か言いたいことがあればどうぞ。

2006年04月01日

落とし穴

 「大きなバームクーヘン」というのを買って、食べようと袋を開けて出したら、なんと穴の大きいこと。そうです。「大きなバームクーヘン」という大きなラベルで大きな穴を覆い隠されていたのです。うらめしや。
 良く見たらラベルの左端に小さく「穴が」と書いてました。
 書いてません。嘘です。LG18だという嘘を吐いてるかもしれないLG18ですこんばんわ。

 先日、予備校で模試がありまして、その結果が発表されたのですが、私の答案の添削と、最優秀答案として私の答案のコピーが掲載されてました。一番なんてことはここ十年以上無いので、これはやはりうれしいです。
 ――ということだけを書いたのではフェアでないので、以下にその答案を掲載します。それを読んで真偽を判断してください。

 ――なんて言葉に騙されないように。最優秀答案として掲載されたものを写すだけでは、それが私のものかどうかを判断する材料にはなり得ないのだから。
posted by LG18 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 法律のはなし・受験記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。