2006年04月11日

因果応報

 LG18は学生時代、数学が大の苦手でした。始めから公式や記号にアレルギーをもっていたのですが、小学校の頃は「カッコ上底足す下底、かける高さ割る2(台形の面積)」と、日本語だったので大丈夫でした。記号らしい記号もなかった。中学に入ってもまだなんとかもちましたが、高校へ入ってからがまるでダメでした。公式がことごとく記号になったから。理由はただそれだけです。

 でも答えがわからないわけではなかった。なぜなら、目分量でかなり分かるからです。図形の辺の長さや角度や面積、関数の座標、複数の座標を結んだ図形の面積などは、正確に図を描けば目で解けます。さらに、いかに公式を使わずに問題が解けるかという点のみに腐心していたLGは、数列を麻雀の点勘定で解いたり(等比。等差は解答付近を勘で探り当ててあとは計算あるのみ)、唯一記号らしい記号の出ない場合の数、確率の項は出来が良かった(但し確率以外は式が立てられないので点はほとんどない)ということもありました。

 始めは農学希望だったのですが一年の夏休みで理系はあきらめました(当然だ)
 家庭教師のバイトのときに「極意を伝授してやる」といって、極力公式を用いないで三平方の定理の問題を解く方法を教えましたが、「普通のやり方で良い」と一蹴され、わずか半月であえなくクビになりました。

 そうやっていろんなことを犠牲にして、記号に目がくらむという理由だけで将来の可能性を著しく狭めて、今最後の試験に際し、記号でも何でも詰めこんでやる、かかって来いという気合いで、一般教養の数学の講座にのぞみました。
 (従来、公務員試験といえば場合の数や確率など、LGにとって最も得意な分野が、一般知能にまで出題の幅を広げていたり、他にも勘や目分量で解ける問題が頻出していて、これまで自分が長年培ってきた邪道な解法がいかんなく発揮できると思っていたのですが、去年の試験を受けた印象では(これからきちんと検証しなければならないが)、公式を使わないと解けないようないわゆる「数学」の問題が多くて、結局それが敗因だと分析したから。少なくとも確率の問題は一問もでなかった)

 いざ講座が始まって。先生いわく
 「公式なんて使わなくて良いです、というより、使ってはいけません。
 何!? じゃあどうやって解くんだ
 「目分量で解いてください。それが一番早くて正確です
 ・・・・・
 金返せー!!(涙)
 「問題に図が描いてありますが――」
 あれはすごく正確に描いてあると言うんだろう。ほら言った。言いやがった。俺が分かりきってることをぬけぬけと。
 この講義(の展開)なら俺でも教壇に立てるぞ。
 「こんな簡単なことに、誰も気付かないんですよね
 気付いてたっつうの! このくそ野郎。三角関数をやれ! 微積教えてくれ! (出題)傾向として俺はそっちの方が怖い

 ・・・
 ・・・・・

 でもこの講義は面白くて、くたびれなかったのも事実です。それでまた冗談の中身とその早口さがビートたけしに似てて笑えました。
 「ここの高さが0.2ミリなんですね。オカモトさんは0.02ミリのを作ってるんですけど、ははは」
 「6角形といえば雪印のマークですね(と言いながら6角形に付け足して雪印のマークを書く)。この(6角形の)中身に何が書かれているか皆さん知ってますか? 見てるようで見てないんですよねえ。(適当にチョークを動かしながら)黄色ブドウ球菌、じゃありませんよ。それでつぶれちゃったってね、ははは」

 前者のネタは声上げて笑いそうになりましたが、教室中に「意味がわからん」という空気が充満してた(書いたものを読めば理解できる人でも、早口で喋られるのを正確に聞き取ろうとすると、ある程度相手の言うことを予測してないと聞き取れないので、分からないことが多い)のでこらえました。私も意味がわからないネタがいくつもあって、惜しいです。

 それで、弱くはない雨の中を私は何を勉強しに行ったんでしょうね、と。試験に出れば文句はないですけどね。
posted by LG18 at 23:59| Comment(4) | TrackBack(0) | 日常・全般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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