2007年01月28日

While you are sleeping

 先日、仕事をサボって裏でテレビを見てました。何気無くチャンネルを回していると、国会中継で首相が所信表明演説をしている。何となく聞いていて、ふと思い当たりました。

 なぜ有権者(とりわけ納税者)の大半がテレビを見られない時間に国会を開くのか。

 私に推測できる答えは3つ。
  @ 見られたくないから
  A (納税者のことを)何も考えていないから
  B とりあえず皆働いてるから自分たちも働いとかないと(文句言われる)
 このほか思いつかない理由もあるでしょうが、共通して言えることは、どうせろくな理由じゃないということ。年金生活者は見られるだろうが、老い先短いし、耄碌しとるし、なにより、彼らの利害と政治家たちの利害は概ね一致する(「(自分が死んだ)あとは野となれ山となれ」)から大きな問題にならない。
 よく「問題を先送りにする」という言い回しが使われるが、それはこういうこと。

 「腹話術の人形みたい」とはよく言ったもので、口をパクパクさせてカンペを棒読みしているだけだ。どうでも良いけど。
 そう、これがいかんのだ。どうでも良いと思うから、現役の納税者たちは唯一の権利行使たる投票を放棄して、思うがままに敷かれるのだ。……と、一応言うだけ言っておきます。

 嫌になってチャンネルを変えるとアリ○の宣伝。消費者金融のCMが頻度、内容ともにややトーンダウンしたかと思ったら、ア○コアリ○ア○コ○リコ。
 感情でものを言っても始まらんので、一点だけ。
 「ホッとする保険」というコピーで売っているが、ホッとできない保険は、保険なのか? それをわざわざ言うということは、自分たちが(真っ当な)保険会社として認識されてないという自覚があるからだろう。その認識を払拭する手段としては、むしろ逆効果じゃないのか。「自分を信用しろ」なんてあれほど頻繁に言う奴を信じられるものだろうか。
 かわいそうなのは従業員だ。あれだけ宣伝に使う金があるなら自分たちの給料もうちょっと上げてくれと、思わない方が不自然だ。

蛇足
posted by LG18 at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 思うこと・主張 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月23日

忘れていた、というわけではないが。

 今年の目標。
 ――を考える前に、せっかく去年書いたものがあるから、それを振り返ってみる。今まで目標を立てたことは何度もあるが、振り返って達成度を検討したことがなかった。立てっぱなしはいけない。
 ――と真面目ぶっても何も変わっちゃいないLG18ですこんばんわ。久しぶりだと決まり文句も書きづらい。

 去年の目標はこちら

 1 友人と絶縁するようなハメには……なっていない。絶縁するほど友人がいない、って、ネタ被ってる上に、一年経っても変化なしかい。いやいや、去年新たに友人が数人、それも女の子ばかり。うへへ。……しかし「数人」はサバ読んでるだろう。ともあれ目標達成。

 2 試験に受かる →失敗。但し就職したので、現段階での収入は目指していたどの試験に受かるよりも多い。どちらとも言えない、としておこう。

 3 時間を有効に使う →まあ一応達成か。どっちでも良い(投げやり)

 4 一年を振り返って―― →どうだろう。友人から見たらきっと、多数が良いと(お情けも含めて)言ってくれるだろうから、まあ良いだろう。

 振り返ると、去年はかなりいい年だったらしい。それまでがひどすぎたからそう見えるだけかもしれないが。試験に落ちた日に就活に出て、1社だけ当たってすぐ働けた。一年(の自分の行動)を一文で済ませられるというのは、幸せなことだろう。愚痴は一文では済まないだろうから。

 今年の目標は……一年を一文で表せること、にしよう。なるべく短く。
posted by LG18 at 23:57| Comment(0) | TrackBack(0) | ひとこと・つぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月22日

「顔近すぎ」ってよく言われます。

 この仕事(葬儀屋)を初めて間がないが、因果な商売だと思うことは少なくないし、周囲からもそう言われる。

 未だ掴みきれないものは、客との距離の取り方だ。親しい人間を亡くした人たちに自分がしてやれることは、何もない。と言って、金貰って遺体を処理するビジネスであることは紛れもない事実だが、それだけでは葬祭業を全うしたとは言えない。
 自分には何もしてやれないと分かっていながら、それでも相手のためにできる限りを尽くさねばならない。それは言うほど簡単なことではない。客によって望むものが異なることは他のサービス業と変わらないにしても、事態が事態であるから、取り返しがつかない(それがやりがいでもあるわけだが)。

 これはかつて、自分が(趣味で)していたことと同じだと気付いた。他人の力になりたい。しかし自分にその他人を救える力など、あるはずがない。結果、その人を傷つけたのみで終わってしまって、あとに虚無感だけが残った。
 あのときと今の仕事の相違点は、相手が割りきっていて、その明確な範囲内でのみ自分のサービスを求めるということと、自分の側にそれを処理するノウハウが確立していること。人付き合いもそうすればスムーズだし、むしろ自分もそれを肯定しているぐらいだが……

 気がつくと、同じことで悩んでいるらしい。因果というより、むしろ輪廻か。

2007年01月20日

信じるということは(4)

 「20世紀少年」という漫画を読み始めたのはちょうどこの仕事(葬儀屋)を始めた頃だったと思うので、「ともだち」と友人葬が繋がるのは、そう難しいことではなかった。友人葬というのは創価学会の執り行う葬式の呼び名です。漫画の話は私がするより読んでもらったほうが早いので、「ともだち」は「友民党」なる与党を組織しているとだけ書いておきます。この作者は某大物歌手も好かんのでしょう。

 知識としては知っていたが、先日初めて友人葬をやりました。尋常じゃない。大の大人が数百人集まって、小一時間両手を合わせて「南無妙法蓮華経」と唱え続ける。隣で別の式をやってることなんて全くおかまいなし。焼香に案内しても歩きながらお題目を唱える。ただし統制が取れているというのか、こちらの言うことには比較的素直に従う(もっとも、黙れと言っても黙らないだろうが)。
 私の目がおかしいのかもしれないが、彼らの目は、おかしい。やたらに瞳に力があって、視界が極端に狭い感じがする。「20世紀少年」という漫画はどちらかというと好きではないが、あの目は良く描けていると思った。

 信じることの強さを儀式という象徴で目の当たりにした。彼らは年収が300万無くっても、一生バイトで肉体労働でも、文句を言わずにせっせと公明党に票を投じるだろう。何かを信じることは生きるために必要なことだと思うが、どうせならもう少し実体のあるものを信じたい。たとえば金の方が、まだしも実体的じゃないか? 私は金の亡者じゃないけど。

 くれぐれも断っておくが、私は創価学会を否定しているわけではない(そのレベルになれば、否定するのも肯定するのも同じことだ)。宗教勘の鈍い日本人から見れば異質であっても、宗教そのものとして特に異質とは思われないからだ。その意味で、宗教そのものに、否定とは言わないが懐疑的であると言えるかもしれない。
 そして、私の言う宗教とは神に祈るものだけを指すのではない。納豆がダイエットに効果的と聞くや、飛びつく。誰が言ったかと問えば、テレビが言ったという。占いもそうだ。
 どうせならもう少し、実体のあるものを信じたい。私はそう思う。

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posted by LG18 at 21:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 思うこと・主張 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

おまけのつもりが〜信じるということは(5)

 神様の存在は人間が編み出したことの証明が、一つある。信じる者は救われるということ。
 「信じる者しか救わないセコイ神様拝むよりも〜♪」と歌った歌手がいたが、誰のために信じる者のみを救うかといえば、信じる者のためだ。つまり人間だ。信じない者が救われたのでは、信じる者が救われない。神様は信じるものしか救ってはいけないのだ。神様が実在しようがしまいが、そう決めたのは人間なのだ。

***

 友人は、(日本人の)宗教に対する猜疑心には、世代により程度に差があるように思うと言った。私は「そんなことはないだろう」と考えずに応えたが、考えてみると差がある。
 私の母は「昔は良い時代だった」が口癖だ。何もしなくても春になれば給料が2割増で、社内での定期預金は利率8%。限度額は300万だが、年に1度24万円もらえるのだからちょっとしたボーナスだ、と。
 ちょっとした、どころか、物価と近況を鑑みれば、立派なボーナスだ。確かに良い時代だ。私には想像もつかない。
 話が飛躍するが、この頃は、(日本の)社会全体に通じるものがあった。良く言えば「秩序」だろうか。忍耐や労働を美徳とするものも、その一つだ。団塊の世代が横一列の教育を受けて育ったことも無関係ではないだろう。端折って言えば、この頃の日本人は共通の宗教の上で「良い時代」を過ごしていたと言える。大義の下である程度自分を抑制することを是とする人間ならば、特定の宗教に対しても(そういう土台のない)我々以下の世代よりも抵抗感が若干たりとも薄いのは当然だろう。

 私は宗教が信じられないから不安定な人生を送っているが、別に不幸とは思わない。さらに利口とは思わないが。
posted by LG18 at 20:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 思うこと・主張 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月12日

真実

 たとえば、よく言われることを試しに実践したとき、心から実感すること。


 金を貯める極意はひとつ。

 使わないこと。
posted by LG18 at 22:31| Comment(0) | TrackBack(0) | ひとこと・つぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月05日

ものぐさ

 私はマメに洗髪します。髪の毛は太く多い上に皮脂汚れしやすく、抜け毛が極端に多い髪質で、手入れしないとどうにもならないからです。
 全くクセのないストレートで、洗いざらしのバージンヘアでこれまで生きてきました。伸びたら切る。散髪は年5回ぐらい。いじっても似合わないし、いじるのがめんどくさい。頭の形がいがんでるから坊主にもできない。

 ところが先日、会社で私の髪型の話題になって。
 「LG君は髪を短く切って前髪をあげた方が似合う」と、複数の先輩から指摘されました。
 まさか自分の髪型を他人に見られていると思わなかったので、意外なあまり混乱しているうちに、そうしなければならない状況になりました。

 無茶な注文ではないし、近いうちに応じなければ「人間関係」に響かないとも限らない。しかし面倒なんでそのままにしておきました。
 話は変わりますが、昨日、一昨日は寒かった。寒かったから風呂に入らず、そのまま眠ってしまいました。

 今朝鏡を見ると、髪が適当に皮脂に汚れて、テカって整髪剤をつけているように映りました。見た目だけでなく、普段は(髪が多いため)重く垂れ下がる前髪を適当にかきわけると、皮脂が絡んで思い通りに動きました。
 そんなことも忘れて仕事場に行くと、複数の先輩から「髪型変えたんや」といわれ、適当に相槌をうっていると、「さりげなく前髪の髪型を変えてるLG君」などと囃され(可愛がられ)ました。
 人の評価なんて、そんなもんですよ。私はこれまでどおりマイペースに、髪の毛なんていじりません。めんどくさい。
posted by LG18 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日常・全般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月03日

「老兵は……、老兵は、ものを忘れる」

 司法試験やロースクールの受験勉強をしていた頃にお世話になった弁護士から、年賀状が届いていて驚きました。自分は正月関係なく仕事があるので年賀状のことも頭から抜けていたのですが、本当にお世話になった人だし、また年賀状の交換だけでも意義深い付き合いなので、早速返事を送ろうと勤務先に年賀状を持ち込んだんですが……

 「旧年中は、大変お世話になりました……」旧年中? 去年だったか?
 ――自分がいつ勉強していたのか覚えていない。

 そんなときこそこの「つゆどん」、勤務先からでも一発検索! ……見ても思い出せない。いやしかし、結構長い期間続いていることに感心しました。
 ――そんなことに感心している場合じゃない。去年8月に就職、6月に公務員試験、その前は、その前は……
 どうやらこの男、2005年(一昨年)は司法試験とロースクールと、裁事の試験を同時に受けているらしい。受験生なんだからそのくらいは当然だといえばそうかもしれないが、良い年して進路も決まらないで(*注:試験合格までは、というのもあるが、自分はじめ多くの受験生は複数の進路を併願している。しかもロースクールは入学してからが本番なのだ)勉強し続けるなんて、並みの精神力ではとてももたない。当時の実体験としての記憶はすでに風化しているが、さぞかし大変だったと思う。自分は(今から思えば)趣味で法律を勉強していたに過ぎないから、より痛ましい。
 すっかり葬儀屋のブログに成り代わってしまったが、もしまだこれを読んでいる受験生がいたとしたら、まずは心から労いたいと思う。私には(受験生としての記憶はなくても)受験生の気持ちがわかる。そして一言付け加えるなら、もし「ダンコたる決意」ってのがなかったら、諦めて良いと思う。負けを認めることが潔いわけではないが、悪いことでもない。

 今の私には勉強をする気はあるけれども、切迫感がない。次の試験に受からなくても、今のままでメシを食うには困らないから、時間が十分にある。
 ――なぜ頭を使わなくなったのか、なぜブログを書かなくなったのか、少しだけ分かった。

 気が楽なのは生き易いけど、戦うには向かない。
posted by LG18 at 20:59| Comment(0) | TrackBack(0) | ひとこと・つぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月01日

新年のごあいさつ

 あけまして、ご愁傷様でございます。
 今年もたくさん人が死にますように。

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posted by LG18 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日常・全般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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