このテの話を書くときは、読者の方は読まなくても先が見えてるのではなかろうか? といつも思ってしまいます。私の話は一部の面白い小説や漫画と違って、話の先が分かっててなお読む気にさせる類のものではないので、先が見えてしまうことはわりと致命的なことだと思っているのですが。
少し前、選挙がありました(このブログでも2,3記事を書いた)が、終わったあと、「自民党が勝ちすぎたと思うか」との質問に、「そう思う」と答えた人が80%いたという世論調査が報道されてました。バカバカしいことこの上ない。
私が何を根拠にそう記憶しているのかは定かでありませんが、前回の選挙で自民党は80%の支持を得て選挙に勝ったと記憶しています。(事実はさておき)仮に得票率が80%だとして(サバ読みすぎというわけでもないだろうし)話を進めると、自民党に票を入れた人の割合と同じ割合の人が「勝ちすぎた」と思っていることになる。分かり易くするために論を飛躍させると、自民党に票を入れた人の相当数が「入れなきゃ良かった」と思ってるということになります。
そんなバカな話はない。もちろん実際に自民党に票を入れて、結果が出たのち「こんなに勝つなら入れなきゃ良かった」なんて思ってる本物のバカも、自分は投票にすら行かないで結果だけ知ってぬけぬけとぬかしとる本物のバカ以上のバカも、いることはいるでしょうが、それは世論調査とは無関係です。私がバカバカしいというのは、メディアが、自分が言いたいことを独善にしないために、80%のカラクリを作り上げてるということです。
まず第一に、というかこれがほとんどなんですが、あの結果(議席数とか数字は忘れましたが)を見せられて「勝ちすぎか」と問われれば、大抵の人は「それはそうだ」と答えるに決まっている。その結果を初めから知ったうえで、しゃあしゃあと質問している。その結果を記事に載せて、ほら見ろみんなそう思ってるんだっていうことを読者に読ませて、再びその意識を植え付けるわけだが、今度のは「勝ち過ぎか?」「それはそうだ」と(いう単純な感想とは)違って、自分たちの都合の良いように意識を改竄させている。早い話が思想統制です。
話はそれますが、前から申し上げているように、私は右翼です。首相の靖国参拝大賛成です。しかし自民党に票を入れたことはない。私のような思想をもつ人間が主流であることは危険だと考えるからです。民主主義は現段階で理想的な国家形態とされていますが、それは国民各人の不断の努力が不可欠の前提です。よく「自分の好きな人に投票すれば良い」といいますが、厳密にはそれは間違いだと思います。自分が(感情的に)譲れない思考と、理性的に思考(志向)する国家形態が同じだなんてことは、まあ少数ではないでしょうか。たとえば、毎日休みの世の中を作ると言って、政策や公約を掲げた候補者が現れても、勝てないでしょう。ところがその理性と感情の垣根をとっぱらって分からなくしてしまうものがある。それは宗教です。かくして宗教団体の一部である政党が固定票を得て与党に居座る。タブロイド紙のノリで言えば、日本は宗教国家だとなります。
生きている限り、他からの刺激を受け、それに(程度の差はあれ)思考は影響を受ける。損保21のCMを見たら「見っなおそーう見なおそう♪」とハモりたくなるわけです。あれ、21だったか24だったか。LG21だったか18だったかがお送りしました。
しかし、自分の思考を統制しようとするものには極めて懐疑的でなければならない(なんて言われて「ふーん」なんて言ってちゃいけないってこと・・・)。そうでなければ、他人の言いなり思うがままということになる。別にそれで構わないという場合でも、自分がその状態にあることを自覚してなければ、それは単に思考を放棄しているだけで、「構わない」ですらない。
平安時代、藤原氏が勢力を誇っていたことがあったとされていますが、彼らの手法は自分を拝ませることではなく、自分が先頭に立って天皇に拝んで見せて、他の者にも天皇を拝ませて、それによって支配するというものでした。天皇になれなかったのではなく、敢えてならない手法をとったと考える方が合理的でしょう。
天皇を正義に置き換えて藤原をブッシュと読めば支配がイラク戦争になり、云々(あとはみな同じ)。要するに宗教と構図が同じです。
再度具体例を挙げて、「所得に格差が広がったと思うか?」という世論調査。広がったと答える人の思考回路を辿っていくと、まず自分とこが貧乏してる、収入が減った、というのが一段階目、ということはどこかで大金をせしめてる奴がいるはずだと考える(あるいはテレビ等でそういった情報を得た)というのが二段階目、結論は最初に述べたとおり、で一丁あがりですが、ここで肝心なことは金持ちよりも貧乏人の方が数の上では圧倒的に多い、という真理です。これがなければ出来レースは成立しない。
そしてその結果を記事にする。「所得の格差の広がりについては早急に是正すべきだ」「生きにくい世の中だ」。これを読んだ人たちがやっぱりそうだったのかと思う(人が多数である)。しかし原始的な感想とは形が違う。先の自民党と同じです。
日本でいう世論調査というのは、ブッシュとかいう人のいう「justice」と同じものです。日本人は宗教に無頓着なかわりに、隣人たちの言うことに逆らわないということに熱心だということです。おしなべて。
世論調査にケチをつけると言った段階でラストまで読み切れない展開にしようとしたらかなり反れて収拾がつかなくなりました。タイトルは書いてる途中で3度も変えてしまいましたが、最後は恋愛話に落ちつくあたりがいかにも自分らしくて、バレンタインにもぴったりな記事だったと自負しています(笑)