2006年03月21日

大逆転の一打、……判定は

 とうとう結婚論が書けなかった、と思いきや、丸一年前に書いたものが発掘されたので、体裁を保つべく都合良くそれを 掲載したいと思います。

 実際のところ、私はこの記事をつゆどんに載せたものとばかり思っていましたが、それよりも前に書いたものだったという。けっこう驚いています。

 前置きはこのくらいにして、青さあふれる本編をどうぞ。

 ●2005/03/21 (月) 復刻版・青年の主張 −結婚について−

 奇妙としか言いようがない。
 何がって、「結婚」がである。

 ある一人の男がいる。小学生の頃に教育実習の若い先生のきめの細かい肌に淡い恋心を抱き、中学生の頃は女子テニス部のヒロインに十人並みに憧れ、高校に入って女と付き合い永遠の愛を誓うも卒業を機に別れ、その後も転々と女と付き合ったり付き合わなかったり、セックスしたりしなかったり、会えなくなったり会わなくなったり。で、大学を卒業して職に就いて。
 女でも同じです。

 さて、この男が次に付き合う女と結婚するとすれば、滑稽というしかないだろう。昨日会った友人は、自分の周りの女の知り合いは次に付き合う人とは結婚を意識している、と言っていた。まだ30には程遠く(…もないが、、、)、早いだろうというと、いやでもそれはそう考えるんじゃないか、といっていた。
 何が滑稽かって、今までそんな付き合いしかできていない人間が、次の一人と死ぬまで一緒にいると考えるなんて、おかしいじゃないか。
 私は先に掲げたモデルにあたらずとも遠からずの当事者たちを非難するわけではない。そもそも結婚制度自体に相当の無理があるのだ。人間には高すぎる理想が具現化した制度なんじゃないかと考える。少なくとも生物学的に不自然で不合理だ。男はより多くの女とヤリたいのが普通だし、女だって自分の子孫を残すためにより優れた男を捕まえたいものだ。要するに一生一人の異性だけを愛するというのは無理なことなのだ。しかし今そんなことを言っても始まらない。

 「今までそんな付き合いしかできていない」と書いたのは、何年続いただとか、結局別れたんだから無意味だ、という意味ではない。大切なのはその中身だ。一言で言えば信頼(関係)ということになる。
 「裏切られた」のではない。それは単なる独りよがりだ。

 別に他人と床を共にするだけで、やることやって子供育てて、それで何が不足だと言い切られれば返す言葉はない。結婚を前提としたお付き合いがあるなら離婚を前提とした結婚だってあるはずだ、という、ある意味柔軟な考えを持たれているのなら私の反論はあたらない。
 でも、みんな本当にそこまで割り切ってるのかね?

 恋愛と結婚は別だ、という。それはその通りだと思う。でも、一般に女性から口にされることが多いこの言葉、その理由は私が考えているものとはまるで違うと考える。人生設計大いに結構。でも人間は単なる化合物の集積ではないのですから。その辺はどうなるんでしょうか?

 女は恐ろしい(結局それかよ)。


posted by LG18 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 思うこと・主張 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:


この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。