2006年05月18日

おムコさんになりたいという男がいないのは、なぜだろう

 断っておきますが、偏見です。いつもにまして。

 「結婚できない、ということははっきり言ってある。それに惚れ合っているときにそんなことは問題じゃあるまい」
 「それは、男の考え方だよ。女はちがう。結婚というものにあこがれるのが女というものさ。おれとかおまえはな、モーニングを着て、ウチカケ姿の花嫁と並ぶことを考えると、ゾッとするだろう。だから、これまでにも、そんなことはしなかったわけだ。ところが女は違う。婚礼衣裳を着た自分を空想すると、うっとりしてしまうんだ」
(吉行淳之介・「闇のなかの祝祭」より)

 一般によく言われることであり、自分が見てきた限りでも大方そのようですが、なぜそうなるのか、メカニズムが分かりません。本質が分からないからとりあえず社会的な枠で捉える(つまり男が一流企業に就職するのと同じように、女はより良い男のもとへ嫁ごうとする)と、古臭いということになるが、それはどうだろうか。ともかく、現実に年頃の女が「次付き合う人と結婚を考えるのは避けられない」と考えるのがどうしてなのか、その本質が知りたいですね。そんなもんはないんですかね。いまのところそういった話題とは無縁のLG18ですこんばんわ。幸か不幸か分かりませんが。

 「いわゆる進歩的女性の意見というのは、自分たちの特権を放棄するようなもので、自分で自分の頚を締めているようなものだ。
 いまや、失神気絶直前としかみえない。それもおよそ色気のない失神である。なにしろそのほうの特権は放棄しているので、万一失神したくなってもできるものではない。」
(吉行淳之介・「四角三角丸矩形」より)
 そう、そのために他人の言葉を引いてるわけです。しかし、私の偏見ではこれは本質です。他人がどう考えようが自由(無関係)だし、私は働くのが大嫌いだから稼いでくれる人が奥さんになってくれるんなら家事に精出しますけども。私が女だったら躰を磨いて良い男を操縦することに誇りをもって専念しますがね。男だからそんなことが言えるんだと言われるに違いありませんが、やはりそういう女は見てて清々しいです。

 女性の社会進出がまだまだ現実に進んでいないと言ったって、「主夫」なんて全く認められていないことに比べれば選択肢が2つあるだけ良いじゃないか。無能を棚に上げて文句ばかり垂れるな、なんて、表現の自由も守ってくれない現代社会です(誰もがそんなことを考えもつかないのではない。言えるわけが無いから考えないようにしているだけのことだ。これが表現の萎縮というやつです。ご覧のとおり思想統制に直結します)
 むろん、これを女が言うと集中砲火は免れる。「負け犬の遠吠え」という本を男が書いてたとしたら、どうなってたことか。

 子供の頃、女だけがスカートとズボン両方を履いてオシャレできることを知ったとき、「世の中は女の方が2倍トクだなぁ」と感じましたが、どうもその直感は(自分のなかでは)真理だったようです。私は男で良かったと思いますが、それは武士に生まれなかったから切腹なんて思いもよらないのと同じ次元の話です。
posted by LG18 at 03:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 愛の話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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