2006年05月23日

人は物語が好きなのだ

 資生堂の「TSUBAKI」というシャンプーが非常に売れているらしいです。
 トップアイドルの曲に乗せてトップアイドルがかわるがわる髪を靡かせるだけのCMをバンバン流すだけでバンバン売れるんだから楽なもんだ、と冷ややかに構えていたのですが、事はそう簡単ではないらしい。不景気のときに、ピンで使える女優をCMで何人も使ったりしたら白けてしまうとか、単に数集めりゃ良いってわけじゃなくて、需要を多様化させてきた販売戦略を統合へ向かわせるべくそれぞれイメージの異なる女優を起用したのだとか、それなりに意図や賭けの要素はあったらしい。
 まあ、サクセスストーリーには紆余曲折がないと(お客様である)世の女性が食いつかないからな、とやはり冷淡を決めこむLG18ですこんばんわ。経済には疎い方が、金には縁がなくとも幸せに生きていけるという、妙なポリシーがあります。(妙でも何でもない、単なる貧乏人のひがみだ)
 前回の記事で漫画に文章が多すぎると文句垂れましたが、なぜ活字が昔に比べて増えたかといえば、実際にはその方が人気があるからだろう。RPGの影響も大きいと思うのですが、活字を読むことでより面白く感じる、と。
 知りもしないで書きますが、かつて、それこそ天才バカボンが流行っていたような頃は、(漫画が大好きな)子供は、活字を読むのが嫌だった。極端に言えば、絵であればなんでもよかった。今はというと、たとえばカードゲームのカードの半分は活字で埋まっている。それもビックリマン(今の子供は知らないだろうが)のシールの裏にあった、紙の向こうが透けて見えるような、すなわち一人の人間が一夜で100も200も書く姿が自ずと想像されるようなもの(私は好きだけど)ではなく、いかにももっともらしく書いてある。別段ゲームの進行に必要なわけでもないのに、どうもあれがないと駄目なようだ。インベーダーゲームとFFの違いも同じ。教科書にもイラストが氾濫しているし、絵に対するハングリーさが根本的に違うことも一因だろう。漫画に文章が増えたことは、そういった流れも大いに影響している(もちろんそんなことは承知で、そこを絵で描くのがマンガ家だろって言ってるのが昨日の記事なんだけど)。

 以前この記事を書いたときに私が想定していたのは、噂話より活字の方だった(テレビは宗教だからまた構図が違う)。聞いた話よりも読んだ話の方が、より疑いを挟む余地が少ないように思われる。感情よりも理屈の方がウエイトを占めるからだろうか。理屈の定義でもあるが、そこでは大抵のハッタリはまことしやかに見えてしまうからくれぐれも気をつけなければならない。もっとも、本当のことを書くといかにもハッタリのように見えてしまうことも少なくない、けども。
posted by LG18 at 01:46| Comment(0) | TrackBack(0) | ひとこと・つぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:


この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。