2006年08月26日

談合族のその後

 まずはこちらをお読みください。

 (個人的には)痛みを伴う過去の記事ですが。
 あの当時、土木業界において談合が日常に行われていたのは事実です。報道されなかった分については、単に報道がされなかっただけのことです。

 それにしても、未だに報道されずにいるのは変だと思っていたら。
 今は談合をやってないんだそうですよ。橋に限っての話ですけども。

 正義が大好きな善良市民の皆様は、違法行為たる談合がなくなって良かったと思うかもしれませんが。
 落札率が5割を切り始めたそうです。

 LG「それはつまり、役所が言った値段の半分以下で工事するってこと?」
 業界人「そういうことだ」
 LG「ということは、殺し合いか」
 業「そうだ。今のところは、体力に任せてなりふり構わず」
 LG「殴り合いを」
 業「そう。」
 LG「しかし、そんなことをしてたら、まともなモノを作れなくなるじゃないか?」
 業「その通り。役所もそれを恐れてる」
 LG「アネハみたいなことが起こりうる、と」
 業「左様。でも、結局は役所は安いところに発注してる」
 それが落札の定義だから仕方ないだろう。
 LG「鉄骨が抜かれることにならないだろうか」
 業「実際のところ、時間の問題といわざるを得ないだろう」

 結局、方々に問題のあるモノが作られて、あるときにそれの一つで事故が起きて、犠牲者が出て、マスコミが騒ぎ始めて、それから初めて問題が発覚する、と。それまでスカスカの建造物が作られ続けると。解りやすく言えばこういう内容のことを業界人は仰っておりました。
 これを「週刊誌のタレコミにも劣る」と、あなたは笑うだろうか。

 談合は違法行為です。官と民が癒着すれば、企業努力は失われ、正当な競争が成り立たなくなる。しかし実際問題として、人が生きていくためにある程度、金は余裕を持たせて回さねばならない。それはあたかも表現の自由を完全に貫徹しなければ、たちどころに北朝鮮のような国家ができあがる危険が生じるという現実と同じことです。
 われわれ(葬儀社)だって、利益の出る額のまだ少し上を余分にもらってる。それは適法な契約だから(法的に)問題はないが、やはりそうやっていかないと人は生きていけない。
 それでも鉄骨を抜けばワルモノで、談合もワルモノ。それ自体正論であることは確かだが、そのときそのときに正論を振りかざすだけでメシ食ってる人達は、つねに正義なんだ。これは随分不公平な話じゃないか?

 バルタン星人は悪いことをする前から悪者だと決まっているんじゃないか? もう少し生産的な問題の解決法を考えた方が身のためだと思います。
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