2006年12月17日

縁遠い世界

 街中で携帯の電池が切れて、ショップで充電してもらうことにしたんですが、その間することがないので、梅田のエストへ行きました。
 こんな機会でも無いと、側をチャリで走り抜けるだけですが、入ると全くの別世界で。そこでは誰もが自分が一番美しいって表情して歩いてる。だから(他人のことなんてさらさら考えていないから)通路の真ん中でも平然と止まるし、進まないこともたびたび。狭い通路や店にわらわら人がいて、思わず笑いそうになった。
 はじき出される形でヘップに入ると、さっきよりは幾分か居ても良い心地がした。気を良くして一件店に入ると、ここにもわらわら人がいる。
 長T吊ってるなあ、と見たら7千円。ただの長T7千円。かっこよくもないし、2千円でも買わねえよ。全く何考えてんだか。

 ……と思ったとき、ふと思ったのが、ここは南無阿弥陀仏とは無縁の空間だ、と。救いが無いとか、ここにいる人間は念仏と無関係とかいう意味ではなく、(どんなに不幸な人間がいても)この空間はそういう(湿気た)要素を受け容れないと。平たく言えば色街だなと思った。
 こちとら体に線香の匂いが染み込んでるような者ですから、丸腰で月面を歩いているようなもので(もっとも、職場の人でもオシャレな人はたくさんいますけども。名誉のために)。

 南無阿弥陀仏の南無は、「ナーモ」(インドの言語)の当て字で、「〜に全て任せる」という意味です。つまり南無阿弥陀仏は阿弥陀仏に全て任せる、という意味です。
 葬儀屋だから知ってるというのではなく、単なる趣味で仕入れた知識ですが、ヘップで服を買うにはむしろ障害となるものでしょう。私はそう思います。
 携帯屋を出てから10分しか経ってなくて、私にとってヘップとエストは時間つぶしにも使えないことが分かりました。
 時間つぶしには使えないが、ブログには使えるかなと。
posted by LG18 at 22:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 日常・全般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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