2006年12月20日

どんなもんじゃい、とは言わないが

 少しは理解を示してもらえるでしょうかね。この記事

 しかし前にも書きましたが、普段からボクシングを見慣れていない人間が、アンチ亀田の先入観で観戦したのでは、今日の試合が圧勝だということも受け入れられないかもしれません。それをとやかく言うつもりはありません。私はただ自分の名誉のために言うだけであって、個人的に亀田が好きなわけではないので。
 ちなみに私の素人採点では1・3・12R以外は全て亀田がとったので、117対111です。最終ラウンドは減点を食らいましたが、そうでなくてもダウンを取り急いで内容は良くなかったです。逆に中盤の、間合いを完全に制した戦いぶりが、大人になったなあと感じました。前の試合は明らかに動きがカタかったですしね。

 ビッグマウスと戦後直後のトーンは相変わらずですが、やや控えめになった風にも思われたし、きっちり練習を続けてくれれば、この先しばらく観れる試合をしてくれるんじゃないかと思いますけどもね。

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2006年12月17日

縁遠い世界

 街中で携帯の電池が切れて、ショップで充電してもらうことにしたんですが、その間することがないので、梅田のエストへ行きました。
 こんな機会でも無いと、側をチャリで走り抜けるだけですが、入ると全くの別世界で。そこでは誰もが自分が一番美しいって表情して歩いてる。だから(他人のことなんてさらさら考えていないから)通路の真ん中でも平然と止まるし、進まないこともたびたび。狭い通路や店にわらわら人がいて、思わず笑いそうになった。
 はじき出される形でヘップに入ると、さっきよりは幾分か居ても良い心地がした。気を良くして一件店に入ると、ここにもわらわら人がいる。
 長T吊ってるなあ、と見たら7千円。ただの長T7千円。かっこよくもないし、2千円でも買わねえよ。全く何考えてんだか。

 ……と思ったとき、ふと思ったのが、ここは南無阿弥陀仏とは無縁の空間だ、と。救いが無いとか、ここにいる人間は念仏と無関係とかいう意味ではなく、(どんなに不幸な人間がいても)この空間はそういう(湿気た)要素を受け容れないと。平たく言えば色街だなと思った。
 こちとら体に線香の匂いが染み込んでるような者ですから、丸腰で月面を歩いているようなもので(もっとも、職場の人でもオシャレな人はたくさんいますけども。名誉のために)。

 南無阿弥陀仏の南無は、「ナーモ」(インドの言語)の当て字で、「〜に全て任せる」という意味です。つまり南無阿弥陀仏は阿弥陀仏に全て任せる、という意味です。
 葬儀屋だから知ってるというのではなく、単なる趣味で仕入れた知識ですが、ヘップで服を買うにはむしろ障害となるものでしょう。私はそう思います。
 携帯屋を出てから10分しか経ってなくて、私にとってヘップとエストは時間つぶしにも使えないことが分かりました。
 時間つぶしには使えないが、ブログには使えるかなと。
posted by LG18 at 22:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 日常・全般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月16日

骨(総集編・人の行く先)

 人が死んだら骨が焼け残っても、もうこの世にはいません。いませんが、まだいる気がしてならないのです。

 こんな仕事をしてるから、寺の話を毎日聞かされて宗教に走ったから、というわけではなく、あるいは、魂がどうとか精神がどうとかいうことでもなく、私には、まだいる気がしてならないのです。

 本当に、もうまったくいなくなってしまうときがあるとしたら、それは、この世の誰もがその人のことを思い出さなくなったときじゃないか。覚えている人の心に生き続けている、という子供だましではなく、その人自身として、忘れられたときに死んでしまう、そんな気がしてならないのです。

 総集編と書いて走り書きと読む。
posted by LG18 at 23:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 愛の話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月14日

骨(後編・人の砕き方)

 お客様から粉骨を依頼されたのですが、これまでは斎場(火葬場)でやってくれるところを、今回はやってくれませんでした。

 袋に入れてハンマーで砕くとか、すり鉢でゴマのようにするとか、思案の末我々が採用した方法は。



 (……もうちょっと引っ張った方が良いですかね。)



 市販のジューサーミキサーを買ってきて、ガリガリっといきました。
 新品なのに、故障しても保証書が使えないなと苦笑しながら。

 あっけないほど、ものの数秒で、見事に粉骨ができあがりました。我々の結論は。
 「斎場でもこれに似たものを使ってるんだろう」
 専門の道具とか、そんなものはありません。少なくとも(一応地域では中堅で通っている)ウチにはありません。
 この仕事をしていると、因果な商売だなあと思い当たることが多いです。
posted by LG18 at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 仕事の話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月13日

骨(前編・人の焼け方)

 A「まず、人体をご用意下さい」
 B「一体です」
 A「これに下味をつけていきます」
 B「塩200グラム、しょうゆ(濃口)1リットル、ごま油大さじ2杯です」
 A「まずは塩をもみ込んで、全体に馴染ませていきます」
 B「ごま油は香りですね」
 A「ではこれを焼きます」

 ……随分引っ張りましたが、これは「人の焼き方」です。読んでわかるとおり、別段のことはありません。

 先日、めったに使うことの無い、遠くの火葬場で焼いてもらったところ、見事な白骨があがりました。ドクロもそのまんまですが、もとあった位置にはなく、仰向けの首にちょんまげが触れるような位置関係で、ドクロがまっすぐこちらを見ています。斎場の係員が動かしたんでしょう。
 「こちらが、顔の骨ですね」 誰でも分かる。

 故人さんが骨太であることは確かですが、焼く温度によって残る骨の状態は大きく異なるということを体感しました。どのみち壷に入れる段階である程度砕くほかは無いんですが。

 それ、人間の浮生なる相をつらつら観ずるに――私も葬儀屋です。同時に人間です。
 われやさき、ひとやさき、今日とも知れず、明日とも知れず。あなかしこ、あなかしこ。

 参考資料(外部リンク)
posted by LG18 at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 仕事の話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月12日

未だ崩れない法則

 (法則1)苦労が多い人は、良い人だ(良い人だからといって、苦労が多いとは限らない)。

 (法則2)苦労が多い人は、タバコをよく吸う(タバコをよく吸う人が、苦労が多い人とは限らない)。

 法則1は経験則と言えるでしょうが、2はなぜなんだろう? 理屈じゃないな。
 ちなみに私はタバコを吸いません。まだ苦労人なんて年柄でもないし。
posted by LG18 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ひとこと・つぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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